30万円以下の腕時計を詳細にレビュー!スタイルの中で時計を輝かせる
文=土田貴史
時計好きに「あなたの時計、見せてください」という企画。今回、時計を見せてもらったのは、YouTubeをはじめ、XやInstagramで腕時計情報の発信を行っている浅原克彦(https://www.youtube.com/@watchmix)さん。もっぱら手の届きやすい30万円以下の腕時計を詳細にレビューしている数少ない情報発信者だ。
癖があるものを手にしています
「高額な腕時計については、情報提供者がかなりいるんですが、10万円、20万円のアイテムを詳しくレビューしている方は、案外少ないんです」
そう語るのは、YouTuberの浅原克彦さん。具体的には、セイコー、シチズン、ハミルトン、ティソを中心に、その新作などを時計初心者に向けて紹介している。
そもそも浅原さんと腕時計との初めての“出合い”は、19歳のとき。モノ雑誌の片隅に、写真1枚と数行の文章が載っていて「コレ、いいな」と印象に残ったことがきっかけだった。そのモデルとは、ハミルトンの「メカクロノ」。浅原さんは、同モデルを街の時計店で見つけて即決。19歳で14万円の腕時計に手を伸ばすとは、当時としては若干背伸びした買い物だったが、“腕時計は自分の気分を上げてくれるもの”として、ためらうことなく毎日使い続けたという。
じつは浅原さん、当時はスタジオマンの仕事をしていた。
「テスト撮影でボラロイドを切る時代でしたので、FP-100C(※)の現像時間を計るのに毎回クロノグラフを作動させていました。このモデルは分積算計も中央にレイアウトされ、見やすかったんです。でもその当時、カメラマンの先輩ですら、5、6万円の腕時計を着けていたので、『「オマエ、何やってるんだ?』って(笑)」
※富士フィルム製のインスタントカラーフィルム
浅原さんが、なぜハミルトンのメカクロノに心を奪われたのか。その理由を問うと、こんな答えが返ってきた。
「ドキッとしたかどうかなんです。抽象的するぎるかもしれませんが、『あッッ!』」って思う瞬間があったものを手に入れてますね。言葉にしづらいんですが、今は“癖”がるもの、個性というよりも、癖があるものを手にしています」
浅原さんにとっての“癖”とは、ルックスにとどまらない。デザインのみならず、背景のストーリーが面白いなど、自分の心に響くかどうかが大切という。
「何の予備知識もなく、『あッッ!』って感じたことは、長い付き合いに不可欠な第1歩だと思うんですよ。一方で、ロレックスやオメガといった高級ブランドについてはレビュー情報が氾濫しています。そして、やがてその情報に憧れて買うことになる。ただ、それは誰かの評価なんです。私は自分の評価で、自分の着けたいものを選びたいです」
浅原さんが取材当日に身に着けていたのは、レオニダスの手巻きアラームウォッチだ。1990年代のモデルである。
「これは、横浜のビックカメラで見つけました(笑)。ショーケース越しに見かけた姿がカッコよく、自分に合うんじゃないかって」
偶然の出会いがとても少ない
浅原さんは、今の時代の時計は面白く、選択肢があり、時計ファンは恵まれていると語る。その一方で、情報がありすぎて自分を見失っている人がいるとも。ネットで検索する際に、ロレックスやオーデマ ピゲといった、ビッグワードばかりがプッシュされがちだからだ。
「今の時代は、 google検索で情報に辿り着きますよね。では、自分の中にその検索ワードが何個あるんだろう? と。検索ワードが数個しかなければ、その数個の時計にしか辿り着けません」
昔は雑誌のなかに、たくさんの情報が詰まっていた。事実、浅原さんも、初めての腕時計との出合いは雑誌だった。
「今の人たちは、自分の好きな情報しかツマんでない。偶然の出会いがとても少ないんです。ですから私は、かつて多彩な情報が載っていた雑誌のモノクロページみたいなイメージで活動しています。その中で、誰かの偶然の出合いを作れたらいいなと思って」
人気ブランドの投稿にはすぐに「イイネ!」が付くが、数万円の時計の投稿は視聴回数すら稼げない。そうやって情報はだんだんと淘汰され、多様な情報が、その存在意義をなくしていく。誰もが認める分かりやすいものばかりが残っていくのだ。
「例え低価格帯の時計でも、そのモデルが自分のスタイルに合っていたら、それでいいと私は思います。ルールブックをトレースすれば、誰でも80点レベルのファッションをコーディネイトできる時代。でも、仮に他人にとって60点だとしても、自分が100点満点だと思えれば、そっちの方が絶対カッコいいのになって思うんです」
浅原さんの本日のスタイルは、ジャケットにNATOストラップの時計を合わせた“はずし”のリラックス・コーディネイト。「自分のスタイルの中で、時計が輝いてくれたらいい」という浅原さんの思いは、何より自由で、大人がファッションを楽しむことへの肯定感に満ちている。
writer
土田貴史
ワールドフォトプレス『世界の腕時計』編集部でキャリアをスタート。『MEN’S CLUB』『Goods Press』などを経て、2009年に独立。編集・ライター歴およそ30年。好きが高じて、日本ソムリエ協会の「SAKE DIPLOMA」資格を保有。趣味はもちろん、日本酒を嗜むこと。経年変化により熟成酒が円熟味を増すように、アンティークウオッチにもかけがえのない趣があると思っている。「TYPE 96」のような普遍のデザインが好きだが、スポーツROLEXや、OMEGA、BREITLINGといった王道アイテムも、もちろん大好き。