腕時計のメンテナンスの基本 オーバーホールはなぜ必要?
腕時計には定期的なオーバーホールが必要だ。ということは聞いたことがあっても、それがなぜ必要かは、ご存知だろうか?クオーツ式の腕時計の場合は、数年で電池が切れるので、そろそろ5年目、10年目だから、電池交換だけでなく、オーバーホールもしたほうがいいかな? などと、ちょうどいいきっかけになるかもしれないけれど、機械式腕時計の場合、無事に動いていると、ついつい、サボりがち。なんらかのトラブルが発生してから時計店に持ち込むと、すでに修理困難な状態だった、などということもある。大切な腕時計を失わないために必要な、オーバーホールとはなにか?
油が乾く
FireKidsのベテランスタッフが口を揃えて言うのが、「油が乾く」ということ。
機械式にしろクオーツ式にしろ、歯車が使われている時計の場合、その歯車はほかの歯車と噛み合うわけだけれど、これで歯車を動かすと、歯車は削れる。ネジとドライバーの関係を想像してもいい。ネジを回せば、ドライバーの先端もネジ頭も、多少なりとも削れてすり減るものだ。
これを防ぐ目的で使われるのが潤滑油。歯車と歯車の間に入り込んで、歯車を摩耗から守る。また潤滑油は、機械をコーティングして、酸素との接触を妨げ、錆から守る、という役割を果たすこともある。しかし、この潤滑油は、時間とともに減り、あるいは劣化する。
「使っていても使っていなくても、油は乾いて減ります。だから時計は使わない場合は動かさないほうがいい、とか、逆に動かさないと油が固まるから常に動かしたほうがいい、という人もいますが、動く動かないはあまり関係ありません。クルマで考えてみてください。動かしっぱなしというのは、ずーっとエンジンをかけたままにしているような状態です。動かさないというのは、ずっとエンジンをかけないで車庫に入れっぱなしの状態。どちらもクルマにとってよい状態ではありません。」
強いてどちらか一方を選べ、というのなら、クルマであれば走行距離を伸ばす行為にあたるエンジンをかけっぱなしのほうがよくない、とはいえるかもしれないが、いずれにしても、ある程度は動かし、車検や点検を定期的に受ける必要があるように、時計も 、定期的に分解して、古い油を洗い流し、パーツの削りカスやチリなどは清掃して、新しい油をさす作業が必要だ。
調子が悪くなってから、はキケンな場合も
「いい時計って、油がなくてもすごく調子よく動いていることがあるんです。たとえば、ロレックスのムーブメントなどは優れていて、そういう傾向にあります。こういう時計は注意が必要です。ついつい、オーバーホールを忘れがちですから。調子よく動いている時計なのだけれど、開けてみたら、削られた金属のカスがポロポロとでてくる、などという経験は、実はよくあります。」
当然、こうして削れてしまった歯車は、もとには戻らない。清掃や注油を行っても、噛み合わせがゆるい状態は変わらず、精度は落ちてしまう。こういった事態を防ぎ、よいコンディションを保つために行うのが、オーバーホール、時計の分解清掃だ。とはいえ、何も問題のない時計を頻繁に開け閉めするのは 、これはこれでトラブルの元。どの程度の頻度で、オーバーホールは行えばいいのか?
「落としたとか、水が入った、といった緊急事態の場合は、すぐに持ってきてください。そういう状態で時計を放置するのが一番、危険です。そうでないならば、FireKidsでは購入後、3年目に分解清掃をしましょう、と保証書に書いています。忘れてしまっても4年以内に。5年経ってしまうと、油はもうない、と考えていいでしょう。そのまま使い続けると時計はどんどんダメージを蓄積させていきます。」
オーバーホールの費用
では、3年に一度、いくらのお金があれば、時計を調子よく使い続けられるのか?
「FireKidsの料金表がありますが、せっかくですので、もう少し具体的に説明しましょう。例えばロレックスは3万円から、と料金表に書いていますが、これは3針のロレックスの場合は3万円が基本の分解清掃料金です、という意味です。機械式時計の場合は、ゼンマイにも寿命があり、ハイビート(秒間8振動以上)の場合、5年から10年で切れてしまいます。切れる前に交換したほうがいい部品ですから、交換を推奨しますが、ゼンマイ交換が5000円です。結果、特に問題がない場合、こういった3針の機械式時計は3年に一度、3万5千円程度かければ、長く付き合っていける、と考えてください。」
機構が複雑なクロノグラフ式だった場合でも、5万円程度で収まるという。
「オメガの『スピードマスター』は常に人気のクロノグラフ式の腕時計ですが、FireKidsの場合、2万3千円が基本料金です。あわせて、ゼンマイ、自動巻きの場合は摩耗しやすい切替車(自動巻き時計でローターとゼンマイの間にある歯車)の交換をおこなうことが多いので、だいたい、4万円から5万円、といった見積もりになります。」
新品の時計の場合、有名メーカーのクロノグラフともなると、メーカーの定期メンテナンスで1回10万円を超えてくる、などということも普通になっている現在。ヴィンテージウォッチは、付き合いやすいことがこのあたりからも言えるだろう。
「FireKidsは現在、21年間、時計修理技術者としてリシュモンジャパンで活躍された櫻井茂人先生に技術顧問をお願いし、時計の修理体制を強化しています。というのは、修理やオーバーホールの依頼が新旧の時計を問わず、すごく多いんです。月に100本以上持ち込まれるようなこともあり、3カ月待ちをお願いすることもあるほどです。」
注文が殺到するのは技術力、品質の証でもある。定期的なメンテナンス計画をたてて、好きな時計と一生添い遂げよう。
writer
鈴木 文彦
東京都出身。フランス パリ第四大学の博士課程にて、19世紀フランス文学を研究。翻訳家、ライターとしても活動し、帰国後は、編集のほか、食品のマーケティングにも携わる。2017年より、ワインと食のライフスタイル誌『WINE WHAT』を出版するLUFTメディアコミュニケーションの代表取締役。2021年に独立し、現在はビジネス系ライフスタイルメディア『JBpress autograph』の編集長を務める。趣味はワインとパソコンいじり。好きな時計はセイコー ブラックボーイこと『SKX007』。