バーゼルの時計蚤の市で入手したステップ・セコンドの『シェザー/Cal.7400』試作品?
文=名畑政治
クオーツと見間違えるステップ・セコンドの機械式腕時計
センターの秒針が1秒ごとにジャンプしながら時を刻む機構を「ステップ・セコンド」あるいは「デッド・セコンド」と呼ぶ。今ではクオーツ時計ですっかりおなじみになっているが、これを機械式時計で実現するのは、結構、大変な作業となる。
それに挑戦し、実現した時計が私の知る限り4つある。それが『ロレックス/トゥルービート』、『オメガ/コンステレーション シンクロビート』、『ドクサ/Ref.15000』、そして『シェザー(日本ではシェザールと表記されることが多いが、現地の発音に近いのはシェザーだと思うのでこう表記する)/Cal.7400』である。
ロレックスの『トゥルービート』は1954年から数年間、わずかな数が販売されたというが、ステップ・セコンドの腕時計としてはもっとも有名だろう。そしてオメガの『コンステレーション シンクロビート』も1954年の製造。当初、アメリカ市場向けに1000個が作られ販売されたが、機構に問題が発生。市場に出回った分を回収し破壊したものの、17個だけが生き残った、と伝えられている。実際、1994年のスイス取材の際、ラ・ショー・ド・フォンのアンティーク時計店で生き残ったうちの1本のシンクロビートを見たことがあり、店主にこの説明を受けたものの、一体、どのくらいの価格なのかは恐ろしくて聞けなかった。
そこへいくとドクサの『Ref.15000』はもっと手頃で、頑張って探せばなんとか見つかるステップ・セコンド・ウォッチかもしれない。とはいえ私も所有していないのだが。
そして今回、紹介するのはエボーシュ(半完成ムーブメント)・メーカーのひとつだった「シェザー」が生産したCal.7400を搭載したメーカー不明・正体不明の1本だ。
このムーブメントを製造したシェザーの創業は1897年。資料を当たったところ1892年に当時、ニューシャテル州における大時計メーカーであった「Sandoz & Cie.」の出資で、同じニューシャテル州のシェザー・サン・マルタン村に建設されたムーブメント工場が母体となったようだ。その後、1936年にシェザーはエボーシュ専業メーカーの集合体であるエボーシュ.SAに組み込まれるが、1950年代にステップ・セコンド機構を組み込んだ独自ムーブメントを開発。そのひとつが、このCal.7400なのである。
時計蚤の市で偶然発見したブランド不明の珍品
この時計を手に入れたのは、正確に覚えていないが今から20年ぐらい前のバーゼルワールド期間中に行われていた時計蚤の市だった。この蚤の市はバーゼル期間中の日曜日に開催されるもので、当時は日曜日の午前中だけは取材を入れないようにして、極力見にいけるように心がけていた。
すると、ある業者のテーブルに素っ気ないシンプルな腕時計を見つけた。普通なら素通りするところだが、なぜか心に引っかかるものがあり、手にとって裏返してみると、なんとガラスの嵌ったシースルー・バック仕様! しかも顔を近づけてよくよく見ると、歯車の作動状態が妙なのだ。
ゼンマイから伝えられた動力を直接センター秒針を動かす四番車に伝えず、小さなピニオン(カナ)と湾曲したアームで構成されたユニットに蓄え、それが限界に達すると力が放出されて四番車が作動。そして再び力を蓄えはじめる、という動作を繰り返す。そこで文字盤を見ると、センター秒針がクオーツのようにステップ運針しているじゃないか!(実際はとてもギクシャクした動きです)「こりゃ珍しい!」と驚きつつ価格を聞くと、買えない値段ではない。いや、本当のことを言うと、価格はすっかり忘れてしまったが、とにかく「手持ちのお金で買える」と購入を決意したのだった。
こうしてステップ・セコンドの腕時計を初めて入手し、ホテルに帰って手持ちのルーペでしげしげと観察したところ興味深いことがわかった。それはシェザー製であることを示すエボーシュ・マークの脇に、もうひとつフォンテンメロンを示すエボーシュ・マークが刻印されていたことだ。
フォンテンメロンは1793年に設立された歴史あるエボーシュ・メーカーであり、後にエボーシュ・メーカーが統合される際には創設メンバーのひとつとなった重要な会社。そのフォンテメロンとシェザーの工場はとても近いところにあり、そのマークが並んで刻まれているということは、素直に考えればフォンテンメロンのムーブメントをベースにシェザーがステップ・セコンド機構を加えたということではないか? もちろん、この想像を裏付ける資料はまるで見つからないのだが。そう間違ってもいないだろう。
しかもエボーシュ・マークの撮影のため、ムーブメントの内部をつぶさに観察したところ、シェザーのエボーシュ・マークの下に「115」という刻印を発見した。となると、これはCal.7400の前に開発された「Cal.115」か? しかし全体のブリッジの形状はCal.7400。そうなると、やはりこの個体はCal.7400の試作品の可能性が高いように思える。
シースルー・バック仕様の展示用サンプル?
しかも、この時計が珍しいのは裏蓋がシースルー仕様となっていること。その裏蓋のリムはメッキのない真鍮のまま。それどころかムーブメントでさえ、仕上げというものが一切、施されてなく、すっぴんの真鍮のまま。製品として、こんなものはありえないし、文字盤にも販売されたブランドを示すマークや表記は一切ない。さらに1950年代当時としては非常に珍しい、というか普通はありえないシースルー・バック仕様である。
これらを総合して考えると、この時計はCal.7400の試作品をモデルであり、シースルー・バック仕様はムーブメントの作動を見せるための特別な演出だった、と考えられる。
実際にはシェザーのCal.7400は「OLMA(オルマ)」というブランドに採用されたり、ドクサの一部のモデルにも搭載され、かなりの数が販売されている。また、シェザーがCal.7400以前に製造したCal.115やCal.116というステップ・セコンドのムーブメントはドクサやH.モーザーなど、いくつかのブランドが採用していることもわかっている。
さらに2001年にはパネライがデッドストックのシェザーCal.7400をある程度の個数入手し、「ラジオミール インディペンデント PAM00080」として限定160本を販売したことがあった。このモデルが興味深かいのは裏蓋のガラスにサイクロップレンズが取り付けられており、ステップ・セコンドの肝となる部分を拡大して観察できるよう配慮されていたこと。これは発表の際、ジュネーブ・サロンのパネライ・ブースで実際に手にとって見たが、私の持っている「すっぴん真鍮」のCal.7400からは想像できないくらい、美しく高級な仕上げだったことが印象に残っている。
そんな希少なステップ・セコンドの腕時計だが、調べてみると最近はかなり多くのブランドからこれが発売されていることがわかった。
たとえば2015年にはジャガー・ルクルトから「ジオフィジック トゥルーセコンド」というモデルが発売されている。その他にもアーノルド&サンやドゥベトゥーンなどの独立系ブランドや独立時計師グローネフェルトなどもステップ・セコンドの時計を作っているようだ。
またゼンマイの動力を一定に保つために考案されたルモントワールやコンスタントフォースと呼ばれる機構にもステップ・セコンドが組み込まれているが、これは単にステップ運針という見た目重視の機構とはレベルの異なる、精度探求のための複雑機構である。
とはいえ、やはり1秒に1回、秒針がステップしながら時を刻む機構には、なんとも言えない面白みと醍醐味があり、それがこの正体不明の腕時計の最大の魅力なのである。
writer
名畑政治
1959年、東京生まれ。'80年代半ばからフリーライターとして活動を開始。'90年代に入り、時計、カメラ、ファッションなどのジャンルで男性誌等で取材・執筆。'94年から毎年、スイス時計フェア取材を継続。現在は時計専門ウェブマガジン『Gressive』編集長を務めている。