重箱のスミが楽しい! DJ田中知之さんの楽しいヴィンテージウォッチライフの過ごし方
文=鈴木文彦
時計好きに、大切にしている時計を見せてもらうこの企画。今回は皆さんご存知、FPM田中知之さんが登場です。田中さんが最近買った時計とは? なぜ、買ったのか? 田中さんの時計の楽しみ方とは?聞いてまいりました!
最近買ったのはパテック フィリップの黒歴史?
「一番最近買った時計がこれなんです。現在、パテック・フィリップのアーカイブの歴史からもまるで消えたかのようになってしまっている一本。たまたま、出会っちゃって、衝動買いで。だからFIRE KIDSさんの参考になるのかなぁ……」
といって田中さんが見せてくれたのはパテック・フィリップの『3580』、愛称で『UFO』などとも呼ばれるモデルだった。
「UFOっていう愛称もいいですよね。腕にしているとリューズが見えないからUFO」。その見えないリューズがどこにあるかというと、裏蓋の上にある。
「パテック・フィリップが社運を掛けて開発に臨んだのですが、オートマチックのムーブメントを薄型にするために、リューズが裏蓋に来てしまったのです。僕はそんな変わり種が好きなんですが……腕と密着している場所にリューズがあったら当然のように、そこから汗とか湿気が内部に入り込む可能性が増えますよね。それでこのムーブメントを使った後継作は作られなくなってしまった。ゴールドのモデルもあるんだけれど、あまりの不人気故、金を取るために溶かされちゃった、なんていう話も聞いたりします。でも、このパテック・フィリップでステンレススティールっていうのはいいでしょう?」
一時期『カラトラバ』にもステンレススティールモデルがあって、それはいま人気で、取引価格も高いのだ、という話題でスタッフと盛り上がったあと
「僕はこういう、重箱のスミ、みたいな時計が好きみたいです」
カラトラバのように、これも資産価値があがりそう?
「いやどうなんでしょうね? こういうのは、有名なモデルのように頻繁に取引されることはないから、評価があがってゆくにしても、ゆっくりだとはおもいますけれど、僕はこれは、今後、好事家たちの間で人気が出るんじゃないかと睨んでいます」
とはいえ、人気が出て、市場価格があがったとしても、売るつもりはないそうで
「今まで自分の時計コレクションを殆ど売ったことはないです。見て楽しんで、自分の読みは正しかったなって満足しているだけ。過去買った時計が値上がりしたとしても、それを売らない限り何も儲かっていないですからね」
と笑う。だから、レアな時計も、大事にしまっておくのではなく
「普通に使ってますよ。僕は時計だけじゃなくて、家具とか、オーディオ、録音機材、レコード、古本、古着……古いものが好きなんですが、例えば古着だってサイズが合わないものは買わないんです。サイズが合わない安い出物があったとしても、コレクション用やトレード用に買ったりはしない。ちゃんと着用することが目的なんで。時計もいくら高価になっても基本普通にしています。ただし、このパテックは、汗をかくようになってからは、やはり裏蓋のリューズが心配でしなくなりましたけれど」
ロレックス オイスターケース50周年モデル
「パテックができないから、今日はこれを着けて来ました。これはこのパテックの前に買った時計ですね」
と、腕にはめていたのが、ロレックスが1975年のオイスターケース50周年を記念して発売した時計。
「このデザインはのちにクォーツモデルにも引き継がれていくんですが、これはオートマチックだから珍しいですよ。デザインは、ジェラルド・ジェンタがしたんじゃないか?というウワサがあるモデルです。どうも、実際はそうじゃないみたいなんですけど、そういう謎めいたところにも夢がありますよね。実際、これのゴールドのコンビモデルは、ベルトの形状からしてもっとジェンタっぽいんです」
ただ、田中さんはシルバー文字盤がいいという。
「しばらく黒文字盤の腕時計が好きだったんですが、いまは年取ったからなのか、シルバー文字盤が好きです。シルバーが焼けて、黄色っぽくなった景色が渋くていいなとおもうようになりました。これも。ずっと欲しいなとおもっていた時計で、大分に出張で行った時に、前々から話に聞いていた時計好きには有名な郊外のブランドショップのような佇まいのお店に行ったら、おもむろに出会って、買ってしまったんです」
魔が差した、と本人は言うけれど、おそらく計画的行動だ。
時計を好きになったのはロレックスムーブメントのパネライとの出会い
田中知之さんが、時計好きになったきっかけはありますか? と聞くと、しばらく考えてから
「時計を意識するようになったのは、ロレックスムーブメントが入っているパネライを譲ってもらったこと、なんだとおもいます。『ラジオミール』のヌードっていう、文字盤にブランド名も入らないモデルです。友人伝いで、買わないか?という話が来たんです。そのとき、ちょっとだけお金に余裕があって……それに、そもそも当時は今より随分安かったんです」
1930年代後半から存在するパネライの『ラジオミール』のムーブメントは、当時は、自社製などではもちろんなく、他所のムーブメント。ロレックス製ムーブメントを搭載したモデルは1936年頃から、リシュモンに買収されるまでの間に250本程度つくられている、といわれているそうだ。
「僕のは、1940年前後の個体のようです」
ご存知のとおり、当時のパネライ『ラジオミール』はイタリア海軍向けの軍用時計。
「それで味をしめちゃって。じゃあ、ブレゲとフランス空軍、ブランパンとドイツ海軍とか、そういう時計が欲しくなるワケです」
あえてブランドのイメージから外れた時計を狙う
ということで、手に入れた「ブレゲ」の軍用時計がこちら。
「ブレゲが軍用時計をつくっている、と知って、どうしても欲しくなって。先だってリバイバルされましたけれど、そもそもオリジナルは数も少ないから、ロレックスの様に頻繁に取引されるわけではないので急には高騰化はしていないですが、じわじわと高価になってきましたね。でも、僕は、ブランドが現在もつイメージとプロダクトのギャップにも萌えるんで。この個体は軍用ではなく、当時少しだけ一般向けに販売されたものです」
ドイツ軍モデルの『フィフティファゾムス』も同様で、野暮ったい雰囲気がいいという。裏蓋にはドイツ連邦の刻印入り。ダイヤルには、放射性物質のコーションマークに取り消し線がはいったような絵が描いてあって……
「これはラジウムを使ってないっていう意味ですよね。それも好きなところで」
購入価格はなんと当時18万円!
「16年か、17年か前の話ですよ。当時、すごい欲しくて、探していたんです。そうしたら時計の品揃えで定評のある大阪の某質屋さんにある、という話を聞いて。新幹線代込で21万円ですね。当時は、これを持っている人も欲しがっている人も全くいなかったですけど、それも良かったんです。でも僕には当時から、これは今後必ず値段があがるはずだ、という確信がありましたよ」
その確信は、その通りになったのだけれど、前述のように田中さんは時計を売らないし、高くなったと知っても、普段使いをためらうようなこともない。
「定期的にメンテナンスをして、使っています」
アンティークウォッチの魅力
では、田中知之さんにとってアンティークウォッチの魅力とは?とたずねると
「まぁ僕は天邪鬼なんで、人気モデルはみなさんにおまかせしておけばいいかな。重箱のスミ担当です」
それに、「時計は最近高すぎて買えないですよ、新品もヴィンテージも」と言ってから
「ファイアーキッズさんには色々なモデルがあっていいですよね。パテック・フィリップのスポーツモデルやロレックスの人気モデルに世の中の富が集中しているのはどうかなぁとおもっちゃって。僕は投機目的ではないから、そうやって時計の値段がどんどんあがっちゃうと辛いし、自分で買えるものを買ったらいいかなって……」
そこから、田中さんらしい話が出てくる
「少し前に古本屋で、アンディー・ウォーホルの遺品が出品された時のサザビーズのオークションのカタログを見つけて買ったんですよ。そうしたら、彼のあの有名な『タンク』の評価額が3000ドルなんです! 実際、いくらで落札されたかはわかりませんが、世界一有名な『タンク』で、その値段って夢がありますよね。そういうのを考えているのが好きで。でも、それが、1億円とかいわれるともう、なんの値段かわからないじゃないですか。1億円の時計が8000万円で買えた!ウレシイ、というふうにもならないんじゃないですかね。そもそも買えないですけど」
ちなみに、田中さんの予想では、同じカルティエの『サントス』が今後、人気が出て価格が上がっていくモデル候補だ。同じ『サントス』でも、それぞれのモデルのあいだにあるちょっとした違いが面白く、好きな人の間では、あれがいい、これがいいと話題になるところが、その理由。
「そういう、知っている人が、おっ、とおもう、時計好きの間で話題になる時計っていいですよね。一方で、例えばデイトナのポールニューマンなど、有名な人気モデルになると、パーツがオリジナルかどうかとか、ダイヤルがリダンされてるか、もう真贋がわからないですからね。そもそもシロウトが手をだせない金額になってますがね」
新作時計を買うつもりはないのか? と聞くと
「そんなことはないですよ。僕は、若い頃から時計に限らず、古いものが好きですけれど、最近、自分がヴィンテージ化してきて、新しいものもいいのかな? とも自問するんです……新作は新作でいいものもありますし。ただ、時を刻むものだけに、年季入っているほうがありがたみがあるというのはあるし、人の手に渡っていたものが好きなのかもしれない。僕が年取ったらそれが次の世代に引き継がれるわけでしょ。そういう意味では時計は古いほうがやはりロマンがありますね」
と納得の表情を浮かべるので、そういう古いものが身の回りにあったほうが創作もはかどるんでしょうか? とたずねてみると
「そういう空間が仕事しやすいわけでもないですよ。潰れそうな椅子座ってるのは落ち着かないですし」
その後、時間があまりない、と言っていたのに、すっかり時計話に花を咲かせて、しっかり写真撮影にも付き合ってくれた田中知之さん。
だいぶ長い時間をもらってしまったので、以降の潰れそうな椅子での仕事がはかどったことを祈りたい。
writer
鈴木 文彦
東京都出身。フランス パリ第四大学の博士課程にて、19世紀フランス文学を研究。翻訳家、ライターとしても活動し、帰国後は、編集のほか、食品のマーケティングにも携わる。2017年より、ワインと食のライフスタイル誌『WINE WHAT』を出版するLUFTメディアコミュニケーションの代表取締役。2021年に独立し、現在はビジネス系ライフスタイルメディア『JBpress autograph』の編集長を務める。趣味はワインとパソコンいじり。好きな時計はセイコー ブラックボーイこと『SKX007』。