腕時計ブームの頂点に輝く伝説のオリエント:『グランプリ100』の魅力と輝かしい成功

2023.05.22
Written by 名畑政治

文=名畑政治

今、中古市場で見かける「グランプリ100」のほとんどは14Kイエローゴールド張り。これに対し、私の所有するモデルは14Kホワイトゴールド張り。これは比較的珍しいはず。ただ、見た感じは「少しくすんだステンレス」ぐらいにしか思えないが

 昔からの時計ファンにとって、時計のグレードを見極めるひとつの尺度となるのが、ムーブメントに用いられている石の数である。この「石」とは軸受に用いられる人造ルビーのこと。普通は赤いルビーが使われるが、場合によっては無色透明だったり、青い人造サファイアが用いられることもある。

国産腕時計で最多を誇る100石ムーブメント搭載モデル

 その数は、アンティーク時計であればダイアルに「21J」などと表記されていることもあるが、大抵はムーブメントの受け(ブリッジ)に「17JEWELS」とか「23JEWELS」と彫り込まれていることでわかる。また現行モデルであればカタログやウェブの紹介記事で確認することもできるだろう。

 通常、手巻きの三針モデルであれば17石で機能的には十分といわれている。しかし、より高い精度と信頼性を求め、19石、21石、23石と軸受のルビーの数を増やしていった歴史がある。それを端的に示すのが、19世紀末から20世紀初頭にかけて全盛を極めたアメリカ製鉄道時計。これらの懐中時計では19石からが、いわゆる「レイルロード・グレード」と呼ばれ上級品の扱い。そして、最大で23石を用いたモデルが、そのメーカーのトップグレードとしてひときわ高い人気を誇っている。

 というわけで、「とにかく石数が多けりゃ高級」と信じられていた時代があったことは事実。そこで1960年代に巻き起こったのが、腕時計の多石ブームである。

 これに先鞭をつけたのがどのブランドかはわからないが、当時のモデルとして私の記憶にあるのはオリエント『グランプリ64』、リコー『ダイナミック オート 45石』、ティタス(TITUS)『ティトマチック・ジェットパワー スーパー77 ジュエル』など。

 そんな中、“国産最多石モデル”として、現在もなお君臨し続けるのが、オリエントが1964年に発売した、その名もオリエント『グランプリ100』である。

決して見掛け倒しじゃない。これが真の国産超高級機?

 その名称の通り、このモデルに搭載された自動巻きの「Cal.661」には100個もの「石」が埋め込まれている。その姿はといえば、写真をみていただければわかるように、まさに満艦飾。軸受どころか自動巻きのローターやその下のリムというのかムーブメントとケースの隙間を埋めるリングにもびっしりと赤い人造ルビーが埋め込まれているのがわかるだろう。

腕時計のシースルーバックなんてものが登場するはるか以前、もしかしたらオーナーの目には一生、触れることもないかもしれないのに、果敢にも100石という驚異の石数を実現したオリエントの名作にして迷作。軸受どころか、巻き上げローターやその下のリムにまで石を埋め込むことで「100石」という超ハイスペックを実現した「Cal.661」だが、高度な歩度調整が可能な緩急針の微調整装置やスイスから輸入した耐振装置「インカブロック」の搭載といった「メカニズム面での高級化」も特徴

 正直、これを見た誰もが「なんだこりゃ、意味ないじゃん」と思うはず。しかし、建前としては、自動巻きのローターが万が一、下のリムに接触するようなことがあっても、その摺動部の摩擦を低減する、という意味があったらしい。

 しかしまぁ、機能よりも美的な観点と石数を誇示するための製品だったことは、どう考えても明白。それゆえに『グランプリ100』は、「石数だけが多いバカな時計」と評価されるのが通常だろう。

 ところが、そうとも言い切れない特徴が、この「Cal.661」にはある。それが「TRIOSTAT(トリオスタット)」と命名された緩急針の微調整装置、IWCの「ペラトン式自動巻き装置」に似た(真似た?)鉤爪とラチェット歯車を利用した巻き上げ機構、スイスから輸入した「INCABLOC(インカブロック)」という耐振装置など。これらいくつもの先進的な機構が「これでもか!」というぐらい、てんこ盛りになっているのだ。

 したがって高度な歩度調整が可能で巻き上げがスムーズ、ショックにも強いというのが『グランプリ100』の美点。これは1964年当時としては、国際水準(ということはスイス水準)から見ても、まったく遜色のない高級モデルであった。

 

もう「石が多いだけのバカ時計」とは言わせない!

 そうなると、「これほどの高級機なら、さぞかし貴重で高額だろう」と思うかもしれない。ところが『グランプリ100』は我々が思う以上に売れたらしく、中古市場では結構、よく見かけるモデルだし、目の玉が飛び出るほど高額ということもない。

 逆に「石が多いだけのバカ時計」的な評価だけが独り歩きし、あまり高い評価を得ていないような気がする。

 事実、オリエント時計の公式歴史ページである「オリエントスター 時代とともに歩んだ探求の歴史」には『グランプリ100』が紹介されていないし、東京・丸の内にある「エプソンスクエア丸の内」のオリエントのコーナーにも『グランプリ100』は展示されていない。(オリエント時計は現在、セイコーエプソン傘下となっている)

 ただし、「オリエント70年の物語」というページの中にある「オリエント70年のマイルストーン」には、「オリエントの名を轟かせた野心作」として紹介されているのが、せめてもの救いである。(興味のある方は、このキーワードで検索してみてください)

 実際、「グランプリ100」の着用感はとびきりだ。ケース径36.5mmというサイズは、同時代の自動巻きモデルとしては最大級の貫禄があり、現代のモデルと比べても引けを感じない。また、私の所有モデルは14Kホワイトゴールド張りだが、当時の金張りケースにありがちなハゲもほとんどなく、半世紀以上も経過した腕時計にしては美しい外観を保っている。

 惜しいのは、ここまで美しい多石ムーブメント搭載であるにも関わらず、普通の裏蓋が付いているので日常的にムーブメントを鑑賞して楽しむことが不可能なこと。できればシースルー仕様の裏蓋を製作したいのだが、結構な出費となるのがわかっているので、まだ手を付けていない。

「GRAND PRIX 100」という刻印の下に「14K WHITE GOLD FILLED」と刻まれた裏蓋。「ゴールドフィールド」とは金張りのこと。通常のメッキより厚い金の層が貼り付けられているので、そう簡単にはハゲない(はず)

 さらにいえば、オリエントの100石モデルには、100m防水機能を持つ『グランプリ100 スイマー』というスポーツ・モデルが存在する。超高級ムーブメントで高い防水機能付き、という現代の高級機にも匹敵するコンセプトで開発された隠れた名機だが、さすがに大量には販売されなかったようで、なかなか入手困難。でもまだ、その入手を諦めてはいないのである。

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名畑政治

名畑政治

1959年、東京生まれ。'80年代半ばからフリーライターとして活動を開始。'90年代に入り、時計、カメラ、ファッションなどのジャンルで男性誌等で取材・執筆。'94年から毎年、スイス時計フェア取材を継続。現在は時計専門ウェブマガジン『Gressive』編集長を務めている。

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