祖父、祖母から受け継いだものを大事に使って行きたい~株式会社つやしん オーナー 池田芙樹
文=土田貴史
時計好きに「あなたの時計、見せてください」という企画。今回、時計を見せてもらったのは、ファッション業界のPR職を経て、ブランドのコンサルティングや、クリエイティブディレクションを手掛ける池田芙樹(いけだ・ふき)さん。自身の時計コレクションのほとんどは、祖父、祖母から譲り受けたものだそうだ。
自分で購入した時計は、この1本だけ
「もう15年ぐらい前かな。熊本に仕事で行ったときに、お取引先の洋品店に置いてあったヴィンテージアイテムにひと目惚れして」
文字盤周囲のウッディな仕上げと、バングルのような形が気に入ったそうだ。ありそうで、なかなかない形と風合いである。アクセサリー的だが、落ち着いた仕上げが面白い。しかもクォーツではなく、手巻きとか。
「時計はほかにも幾つか所有していますが、ほぼ祖父や祖母から譲り受けたものです。今、身に着けるとどれも華奢でかわいいですよね。なかでもホワイトゴールドのピアジェは家宝。祖父が自分用に買い求めたもので、これを着けて外出する機会が、私にはなかなかないのですが……」
池田さんにとって、高貴な装飾品というのは、代々譲り受けるものという考えだ。
「私は、古いアイテムが好き。あまり新しいものに興味がないんです。なので新しく購入するのではなく、譲り受けたものを使えるようにメンテナンスして、ベルトを交換したりしながら、大事に使っていくつもりです」
今のブランド製品にはなくて、古いブランド製品にはある魅力
池田さんは、時計に限らず、ファッションアイテムもヴィンテージにこだわっている。きっかけはNYで暮らした学生時代に、エミリオ・プッチを集め出したことだ。
「あの柄を初めて見たときに、すごい素敵だなと思って。当時、ヴィンテージショップに行くと、コレクターさんの話をいろいろと聞けたんです。やがてオールドグッチを知ることになり、その世界観にはまって。私の元にも、祖母から譲り受けたグッチが幾つかあったので、そっちの方が断然、魅力的だなって思ったんです」
魅力の焦点は、手仕事にある。量産品ではなかった時代のブランド製品には、職人による圧倒的な仕事量が詰まっていた。
「これは逆に偽物じゃないのか? そう勘ぐってしまうほどの手仕事感。あるいは、とても美しい手刺繍。現代では、職人の手仕事が入ると、とたんに高価なものになってしまいますが、かつてのブランド製品には、たとえ日用品であっても、しっかりと手仕事が入っていました」
また池田さんはこうも言う。
「今のデザインって、いずれ廃れていくことを見越したデザインが多いと思うんです。でも昔のデザインって、100%心血を注いで作ろうとしたこだわりがある。それはやっぱり、カッコいいです。デザインとして完璧なものがすごく多いなと思う。時計の世界もきっとそうですよね」
時計ほどトレンドが怖いものはない
ファッション業界が長い池田さん。それゆえ「結婚式に、何を着て行ったらいいのかわからない」と、よく相談を受けるそうだ。そういう時に池田さんが勧めるのは、ヴィンテージのドレス。しかも、ブランド品ではないものだ。
「そういう服を1着持ってると、絶対に他人と被らない。なかでもレース使いのものは、お値段は張るんですけど、すごく丁寧に作られていて。そうしたものは、人目を惹き、上品で、かえって時代を感じさせません。古びないんです」
時間を経て、残ったということは、すでに洗練されてきているということ。さらなる時間の経過を経ても、魅力が衰えることがない。
「今のものって昨日まではすごくカッコよかったのに、今日になったらダサい、みたいなものが多いけれど、ヴィンテージの世界にはそれがない。一度手に入れたら、一生、新しいし、一生、他人と被らないんです」
そのヴィンテージドレスのように、時計にもトレンド性がなくていい、と池田さん。絶対的な価値があるものを身の回りに置きたいそうだ。
「高校生でグッチの時計を買ってもらったんですけど、それはもう怖くて着けられない。ファッションブランドが出す時計って、時代感がズレると、恐ろしいレベルになってしまいます。ジュエリーに例えると、カジュアルに着けるものはトレンド性があってもいいと思うんですけれども、ファインジュエリーとなると、普遍的なもののほうがいいですよね。時計はきっと、ファインジュエリーと同じ感覚なんだと思います」
writer
土田貴史
ワールドフォトプレス『世界の腕時計』編集部でキャリアをスタート。『MEN’S CLUB』『Goods Press』などを経て、2009年に独立。編集・ライター歴およそ30年。好きが高じて、日本ソムリエ協会の「SAKE DIPLOMA」資格を保有。趣味はもちろん、日本酒を嗜むこと。経年変化により熟成酒が円熟味を増すように、アンティークウオッチにもかけがえのない趣があると思っている。「TYPE 96」のような普遍のデザインが好きだが、スポーツROLEXや、OMEGA、BREITLINGといった王道アイテムも、もちろん大好き。