スミス、J.W.ベンソン、レンジ・ローバー….ヴィンテージライフの真髄・英国文化と英国時計を教わる
文=鈴木文彦
「一生付き合えるものを選んでいるから、いまたとえ10億円が手元にあっても、生活は変わらないとおもいます」
そう言い切るのが、今回、時計を見せてもらった、藤本真之さん。
メンテナンスをして、いつまでも使っていけるものを選ぶ暮らしはオシャレそのもの。そんな生き方をしていたら、いつの間にか英国モノに囲まれてしまったという藤本さんに、愛用の英国懐中時計、英国腕時計の世界を教えてもらいました。
世界の名品を身にまとう紳士、実はサラリーマン
「ファイアーキッズさんからご連絡いただいて、鈴木正文さんのYouTube(https://www.youtube.com/watch?v=fSDpA5s7k88)で見たあのお店だ!とおもって。来てみたいとおもっていたんですよ」
藤本真之さんは、今回、ファイアーキッズに来るためだけに、わざわざ大阪から神奈川県・白楽まで来てくれた。
「ファイアーキッズさん、いいですね! イギリスの雑貨屋みたいな雰囲気があると感じました。大阪にはあんまりこういうお店はないとおもうんです。年月を重ねたことによる味わいがヴィンテージ・アンティークの面白さなのに、ピカピカにしちゃいがちですから。ファイアーキッズさんの時計はヴィンテージ好きの気持ちがわかってるとおもいます。取り扱い数も多いし、モノから考えたら安いですよね。雰囲気も最高。すごく入りやすいし居心地がいい」
英国以外の時計も欲しくなった、と藤本さんは言う。そんな気持ちにした、野村店長との会話は、こちらの動画(https://www.youtube.com/watch?v=Uw8TVG9Jubk)にて公開中。そう、藤本さんはYouTubeで、クルマ、家具、ペン、服と、自分が選び、使っているさまざまな名品と、そのモノとの付き合い方、モノが持つストーリーを紹介していて、人気なのだ。ファイアーキッズが声をかけたのも、藤本さんのYouTubeチャンネルがきっかけ。
チャンネルで紹介されているモノは、そのほとんどが、英国モノ。時計の紹介動画もあって、それも英国モノだ。珍しいですね?
「私は、モノを長く持ちたいタイプなんです。だって別かれるつもりで結婚するなんて普通ないでしょう? それと一緒で、一生付き合いたいものが欲しい。それにあてはまるのがほとんど英国モノで、結局そこに行き着いちゃうんです」
日本に2台しかないというオールブラックの初代レンジローバーに乗り、仕立てた3つ揃えのスーツに、貴族の紋章入り懐中時計……どこかの社長さんですか?
「いえいえ、営業職あがりのサラリーマンですよ! バブルで景気のいい時代も経験していますが、レンジローバーだって1990年に手に入れて、もう30年以上の付き合いです。買い替えないし、自分で手入れして使い続けているものばかりですから、そんなにお金もかからないんです」
たとえ10億円持っていても生活は変わらないという。靴磨きは毎日、愛用の時計は1年に1度、自分で分解清掃をやってしまう。
「ちゃんとした骨格があるものは、直せば蘇る。100年前のモノでも、いまもちゃんと使えるんです。それが英国モノの良さですね」
レンジローバーから英国に惚れ込む
ここで若干、補足すると、イギリスには藤本さんが言うような「直して古いものを使うのがカッコいい」という男性の理想が古くからある。たとえば、18世紀に、そのシャレた装いと立ち居振る舞いで、国王を越えるほど社交界で人気があった地方の小領主ジョージ・ブランメルという人物は、おろしたての服は着ず、かならず執事にしばらく着させて傷んでたから着たという。
現チャールズ王も、皇太子のころ、公式な場面で履く靴には破れを直した当て布ならぬ当て皮があることがあって、それは「チャールズパッチ」などと呼ばれて、世界中でカッコいいもの、とされた。
ジャケットの肘にあてたパッチ、洗濯したシャツ、長期熟成のワインやウイスキー、磨かれて深みを増した家具、こういうものを尊ぶ価値観の大半は英国発祥だ。
藤本さんはどんな理由で、そういう価値観に魅了されていったのかをたずねてみると
「20代のころに証券マンで、仕事は大変だったんですが、レンジローバーを手に入れたんです。同じ頃に、ブラックダイヤルでオールマイティーに使えるの時計が欲しくて「デイトナ」と迷った挙げ句、よりシンプルな見た目の「エクスプローラー2」を買ったんです。そうしたら、これがどこでも使える」
さらに、仕事でVIPの相手をしているなかで、本当に良いものを長く使う、というスタイルを知った。
そこから徐々に、そういうモノを選ぶうちに、身の回りに英国のモノが増えていったのだそうだ。で、英国時計との出会いは?
英国懐中時計に惚れた理由と愛用懐中時計
「若い頃は、「クラシコ・イタリア」などと呼ばれる、イタリアの柔らかくてモードなスーツが好きだったんですよ。当時、流行りましたしね」
イタリアンスーツで、腕にはエクスプローラー、クルマはブラックのレンジローバーというスタイルが定着していた。しかし
「40代になって、もっとクラシカルなスーツを着ようとおもって「ハケットロンドン」のスーツを仕立てたんです。紺とグレーの3つ揃えのストライプスーツ。そのスタイルには、エクスプローラーはそこまで合わないので、ファッションアイテムみたいな感じで、懐中時計をつけたんですよね」
そこで、懐中時計にハマってしまった。ジャケットを変えるように、懐中時計を付け替えているうちに、懐中時計そのものに興味がわいて、学んでいった。その趣味は現代まで続いていて、いまも懐中時計を愛用している。最近、ヘビーローテーションなのがこちら。
ルーファス・アイザックという公爵が所有していたことを、藤本さんが突き止めた1902年製の時計だ。J.M.サンダースという宝石商がオーダーメイドで作ったもの。「イングリッシュレバー」とよばれるイギリス懐中時計定番の機構がメカ的な特徴で、長いレバーでガンギ車のギアを受け止め、ロービートでかちかちと時計らしい音がする。
「この音が心地よくて、書斎でものを書いているときに机の上に置いておいたり、出張先で枕元に置いて寝ると落ち着くんですよ」
懐中時計の蓋は、歴史的に言うと、ハンティング時の破損から時計を守るためにつけられたので、ゆえに蓋付き懐中時計をハンタースタイルという。これは、盤面側の蓋に、小窓があり、蓋をあけないでも時刻が分かるスタイルで、デミハンターとか、ナポレオンハンターと呼ばれるスタイル。
持ち主だった、ルーファス・アイザック氏は、政治家としてのキャリアを積み重ねて公爵にまで上り詰めたそうで、藤本さんが調べ上げたこの時計のバックストリーは藤本さんのこの動画(https://www.youtube.com/watch?v=waUTjY-LVy4)に詳しい。この世にふたつとない時計だ。
これが英国初の腕時計だ!
こうなってくると、腕にもドレスウォッチが欲しいもの。そこで藤本さんが選んだのが英国初の腕時計『スミス 1215』だった。
「1947年がイギリス初の腕時計って遅いとおもいませんか? だって英国には、革新的な懐中時計を作っていた「チャールズ・フローシャム」、ビッグ・ベンの時計を作った「デント」、ジュエラーとしても知られる「ジョン・ベネット」、白洲次郎が持っていた高級懐中時計を作る「J.W.ベンソン」と、20世紀初頭までは名門時計メーカーがたくさんあったんです」
18世紀にいち早く産業革命を成し遂げた英国。当然、時計でも世界をリードしたのだけれど、腕時計では出遅れた。第二次世界大戦後、スイス時計が市場を席巻するなか、英国政府はこの状況を巻き返そうと「スミス」という機械メーカーに腕時計(のムーブメント)の製造を依頼したのだった。
「スミスは1851年に誕生しているんですが、クルマの計器を作っている会社でもあって
英国車が好きな方はメーターでその名前を知っている方もいらっしゃるのではないでしょうか? そのスミスです。ポール・スミスじゃないですよ。実はこの会社、ジャガー社という会社を吸収していた時期があって、そのジャガー社が、1937年にルクルト社と一緒になって、ジャガー・ルクルトになるんです」
ゆえに、ジャガー・ルクルトとも通底する技術がスミスにはある、という話は、藤本さんのこちらの動画(https://www.youtube.com/watch?v=7Q5hCekohUE)でより詳しく語らている。
たしかな技術力で生み出されたスミスによる完全英国産腕時計。信頼性は抜群で、実は、藤本さんの長年の愛用品「エクスプローラー」とも深い縁がある。エベレスト登頂と、ロレックスとスミスの物語の詳細はこの動画(https://www.youtube.com/watch?v=U5ZWKBlZ9X0)に譲るとして、その信頼性は、初の腕時計『スミス 1215』から発揮されていて、いまでもなんら問題なく使えるのだそうだ。
「1215は、1947年に登場して1951年まで製造されています。以降はこのシリーズに『DE LUXE』というモデル名が文字盤に入るようになります。私のは、1949年のモデルだとおもわれますが、SMITHSとしか入っていなくて、めずらしいんですよ。1949年以降のムーブメントは、マイナーチェンジがあって、仕上げが変わって信頼性がさらに上がっているようです」
スミスはOEMも多く、そもそもスミスの時計、というのが希少品だ。
「1215のケースは3層になっていて、この、ホーンラグとよばれる、牛の角みたいなラグも独特でカッコいいでしょう? 私のものは、ケースの色もオーダーメイドのゴールドなんです」
スミスムーブメントの希少なブラックダイヤル「J.W.ベンソン」の2本
その他、現在藤本さんが愛用しているのが、スミスのムーブメントを搭載した、この2本。
「これはベンソンの時計なんですが、ブラックダイヤルにバーインデックスのベンソンは、ほとんど見たことがないです。これは1950年から1952-53年頃のモデルだとおもわれます」
ムーブメントは1215から1石増えた16石のスミス製。1215由来のムーブメントは28mmサイズで30mmのケースに合わせるのが基本だけれど、藤本さんの時計のうちの一本は35mmケースを採用している。
「だからスペーサーが入っているんですよ。J.W.ベンソンは懐中時計の名門で、格で言えば世界最高峰でした。高い技術力と「ジョン・ベネット」を買収したことによる品格ある時計は、英国王室は言うに及ばず、世界中の王室に愛されていたんです。日本の皇室にも。ところが、1917年、第一次世界大戦のころですね、爆撃で工場が破壊されて、それからしばらくはスイス製ムーブメントを使っていました」
そこにスミスの英国製ムーブメントが登場して、これを採用した。
「クルマで言えば、トヨタが日産のエンジンを搭載するようなものですが、イギリスはクルマでもランドローバーがジャガーのエンジンを使ってたり、そういう文化が古くからあるんですよね」
名門「J.W.ベンソン」に採用されたことが、スミスのムーブメントの実力を証明してもいる。こちらの時計のさらに詳しい話は、この藤本さんの動画(https://www.youtube.com/watch?v=CiwKuTmMoM0&t=162s)にて。
長く使うことで、より良くなる。そして、そういうものは、使う人間も歳を重ねるほど似合うようになってゆく。藤本さんのお話で英国時計の世界に興味をもった方は、ファイアーキッズにご相談ください。そもそもが少数ではありますが、スミスの時計も扱っています。
皆さんのアンティーク・ヴィンテージライフがよりオシャレになることを祈って。ではまた!
writer
鈴木 文彦
東京都出身。フランス パリ第四大学の博士課程にて、19世紀フランス文学を研究。翻訳家、ライターとしても活動し、帰国後は、編集のほか、食品のマーケティングにも携わる。2017年より、ワインと食のライフスタイル誌『WINE WHAT』を出版するLUFTメディアコミュニケーションの代表取締役。2021年に独立し、現在はビジネス系ライフスタイルメディア『JBpress autograph』の編集長を務める。趣味はワインとパソコンいじり。好きな時計はセイコー ブラックボーイこと『SKX007』。