サブマリーナーで機械式の魅力を知ったYouTuber・RYさん

2023.09.17
Written by 青山鼓

文=青山 鼓

「腕時計のある人生RY」さん。時計好きな方ならその名前を目にしたことくらいはあるのでは。登録者8.6万人の、個人による時計のジャンルではトップのYouTubeチャンネル「腕時計のある人生Channel」を運営するのが、「腕時計のある人生RY」さん(以下RYさん)だ。

本業は外国と日本を行き来する船舶の船長

YouTubeチャンネルでは“一億総腕時計社会”の実現に向けて、と壮大な目標を掲げ、「皆さんの人生の相棒となる腕時計を見つけられるように」腕時計の魅力をわかりやすく発信している。

1990年生まれのRYさんの仕事は、外国と日本を行き来する船の船長。4週間を海外に出て働き、そして日本に帰ってきたら4週間休む、を繰り返している。この長い休みの時間を有効に使い、時計の魅力を語り合えるような時計好きを一人でも増やすべく、2019年11月3日にブログを、2020年3月30日にYouTubeチャンネルを開設した。

もっとも反響があった動画は、2021年1月に公開した「初めて高級時計買うならどれ? コスパ最強のおすすめ時計ブランド5選」。2023年9月の時点で82万回ほど再生されている。

また多くの人にチャンネルを知ってもらうきっかけになった動画は、自分自身が機械式時計に興味を持ったときに、ロレックスやオメガ、セイコーくらいしか知らなかったRYさん自身が「時計ブランドの俯瞰図があれば」と悩んだ経験から、時計をこれから知ろうとする人に向けて作った動画だ。

時計専門の雑誌や、時計販売店とは違い、ブランドへの気遣いが必要のないRYさんだからこそ語れる、忖度のない解説が好評を博し、コメント欄には「時計が好きになりました」「これを見て時計を買いました」という感謝の言葉が並んでいる。

そんなRYさんが初めての機械式時計を購入したのは26歳のとき。大学を卒業し、就職したRYさんは、社会人になったら買うと決めていたクルマを購入し、そこから大人の男性がこだわるファッションアイテムを揃えていく。スーツを仕立て、良い革靴を買い、ペンにもこだわってみた。多くの男性がこれは良いもの、と認めるものを自分自身が体験することで大人のたしなみを学んでいったRYさんが「最後まで理解できなかった」のが時計だった。

時計だけはわからなかった

「男性のステータスアイテムを順に手に入れていきましたが、時計だけはわからなかったんです。こんな小さいものに10万円、100万円以上の値段がつき、それを喜んで買う人達がいることだけは理解できませんでした。でも26歳で社会人としてまる3年働いたときに、なにか記念品を買いたいなと思った時に残っていたステータスアイテムが時計だったんです」

機械式時計とクオーツ式時計の違いもわからず、知っているブランドはオメガとロレックスだけ。そこでRYさんはかっこいい人だなと認めていたオーストラリア人の上司に相談する。

「その人は会社のチーフエンジニアだったんですけど、めちゃくちゃかっこいい人で。ポルシェに乗っていて、家も豪邸で、仕事の振る舞いもとても紳士で。工具類もいつもきれいに整理整頓されている。そんな素敵な人なので時計選びを相談したら、最初の機械式時計なら“ロレックスのサブマリーナーがいいよ。ダイバーズウォッチだし”というので自分でも調べてみたら、すごく良くて。でも2016年当時でもサブマリーナーは人気で、なかなか買えなくて。ある時羽田空港のロレックスでたまたま出会ったんですがそれは搭乗の1時間前で悩む時間もなく、“こんなちっちゃいものに70万……”と思いながらも、買うなら今しかない!と決断しました」

サブマリーナーをRYさんに勧めた上司がいなかったら、RYさんは今でも時計に興味を持てずにいたかもしれない。王道ど真ん中のチョイスは、RYさんに時計の魅力を存分に感じさせるものだった。

将来子供に受け継ぐものができた

「つけていてめちゃくちゃわかりました。これが時計の魅力か、と。まずつけていて気分があがる。そんな気持ちのいいものを、毎日ずっと身につけていられるんです。クルマはいつも乗っているわけじゃないし、スーツだって仕事をしている間だけ、しかもシーズンによって半年着ないものもある。寿命だってクルマよりも長いし、服のように時代に左右されることもない。将来子供に受け継ぐものができた、そんな感覚も嬉しかったですね」

いまでこそ船長を努めているRYさんだが、当時はまだ入社4年目。船上では作業服を着て船員としての業務に従事する日々。大事なロレックスに傷がつくのはさすがに怖い。

「激しい仕事をする海のうえでサブマリーナーをつけるのはちょっと勇気がいるな、とためらう気持ちはもちろんありました。性質としてはツールウォッチではありますが、そうは言っても。そこで海の上で使える時計はないかなと探して、見つけたのがセイコーのSKX007というダイバーズウォッチでした。当時1万7,000円くらいで安いんですよ。もう気兼ねなくガシガシ使えるな、と。海の上ではずっと自分の相棒として一緒に働いていました」

安いからハードに使える、と選んだ時計だったが、そんなセイコーのダイバーズはRYさんが「戦友」と呼ぶほどかけがえのない存在になった。

「船員は100人くらいいるんですが、下っ端の自分の周りで働いているのはほぼ全員が外国人で。海の上で日本人と関わることもなく心細さを感じるときも多かったんです。そんなときにふと腕時計に見えた“SEIKO”の文字に、同じ日本から来たものが自分の腕にあることがすごく心強く感じられました。一人で海外を旅をしていて、ふと日本人と出会うとちょっと安心する感覚があるじゃないですか。自分にとってはセイコーの時計がそれだったんです。若い自分を勇気づけて、支えてくれた存在でした」

欲しい時計を全部買ったら破産する

その後、所有する時計は徐々に増え、現在では10本以上の時計を持っているRYさん。マイルールは「1年に1本」。欲しい時計を全部買っていたら破産してしまいます、と笑う。

2018年に買ったフォルティスのクラシックコスモノートはミール国際宇宙ステーションで正式採用されている「宇宙の時計」。2019年に買ったブライトリングのナビタイマーは「空の時計」を象徴するアイコニックな一本。2020年に買ったヴァシュロン・コンスタンタンのオーバーシーズは学生時代の太平洋航海でみたコバルトブルーの海の色をたたえた「旅へのいざない」。

それぞれの時計にはRYさんなりの思い入れと、自分の記憶との密接な繋がりがある。ちなみにドレスウォッチ枠で選んだのはグランドセイコーの44GS。「宝石のように輝くんですよ、キラキラしてる」と楽しそうに話す。

サブマリーナーで機械式時計の魅力にハマったRYさん。でもその魅力を語り合う時計好きがまわりにいなかったので、時計好きを増やそうと始めたYouTube。「腕時計のある人生」はチャンネルの名前であり、RYさんが今生きる人生そのものでもある。

「“腕時計のある人生”、最高ですよ。海の上で泥臭く、汗臭く働く自分。そして華やかで趣味人が集う洗練された時計の世界で過ごす自分。この2つがあることで自分の人生が豊かになりました」

YouTubeでのチャンネル登録者数が10万人に達したときには、記念に特別な時計を買うと決めている。どの時計にするのか思いを巡らせながら、ひとりでも多くの時計好きを増やすべくコツコツとコンテンツを作り続けていく。

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青山鼓

青山鼓

1974年生まれ。2005年よりフリーランスのライターとして、雑誌『POPEYE』『BRUTUS』でファッション、カルチャーの分野での編集・執筆活動を開始。現在は『Forbes JAPAN』『PEN』『GQ Japan』『Business Insider Japan』などのライフスタイルメディアや『トヨタイムズ』など企業のオウンドメディアで、ビジネス、自動車、時計、ファッション、酒、旅など幅広い領域における、海外取材やVIPインタビューなどを手掛ける。

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