飛行士用に製作された、カルティエでもっとも歴史あるコレクション『サントス』
カルティエで一番長い歴史を持つウォッチ
数あるカルティエのコレクションの中で、もっとも長い歴史を持つのが『サントス』である。その始まりは、カルティエの3代目であるルイ・カルティエとブラジルのコーヒー王の子息で、航空史にその名を残す飛行家アルベルト・サントス=デュモンが、パリの社交会で知り合ったことだった。
2人の会話の中で、飛行中に懐中時計で時間を確認するのが困難なことを知ったルイ・カルティエが、サントス=デュモンのために考案したのである。メンズ腕時計の話は、戦争時にポケットから懐中時計を取り出す手間を解消したことなど、軍にまつわる実践的な話が多い中、パリでの会話とは実に優雅である。
しかも飛行家ということで有名なサントス=デュモンは、襟の高いハイカラーのシャツを着こなす洒落者としても知られた人物だった。ちなみに、このハイカラーシャツは後に日本における“ハイカラ”という言葉の語源である。そんな人物を満足させる腕時計をと、ルイ・カルティエは5年の歳月をかけて1904年に完成させ、『サントス・デュモン』と名付けられる。
それは飛行機からインスパイアされたスクエア型で、直線で構成されながらも4つの角が丸みを帯びたケース。さらには飛行機部品をつないでいるネジをイメージして、ベゼルにビスが埋め込まれていた。懐中時計の時代、ラウンドケースが常識だった20世紀初頭のコードを覆す、デザイン革命のシンボルともいえる造形だったのである。
もちろん飛行時の装着を想定して製作された『サントス・デュモン』は、できるだけ装飾を排除したシンプルなブレスレットウォッチ。スポーティであるはずなのに、とてもエレガントだ。それはフォルムの美しさに加え、ディテールが上品だからなのかもしれない。
文字盤にはローマ数字のインデックスとバトン針。バランスのいい伝統の組合せが秀逸である。さらにリューズにはパール状の飾りがつき、その先端にはブルーカボションが着けれている。そこにはパリの幾何学的な美意識が息づいた、普遍のエレガンスが宿っていたのである。
一般販売は1911年
そして、この腕時計を着けたサントス=デュモンは、その3年後の1907年に愛機で飛行時間の世界記録を樹立するのである。この『サントス・デュモン』が一般に販売されたのは11年のことになる。この時のケースはイエローゴールド製もしくはプラチナ製で、ストラップにはすでにDバックルが備えられていた。
その後、腕時計が盛んになってきたミッドセンチュリーはそれほどの人気を得られなかった『サントス』だが、70年代のいわゆる“ラグジュアリースポーツウォッチ”の台頭とともに息を吹く返す。
78年には、デザインにリューズガードを加え、ステンレススティール製のケース、ブレスレットのモダンスタイルで登場。とくにステンレス×ゴールドのコンビモデルは、人気となっていく。
そして、87年には『サントスガルべ』が登場。“ガルべ”とはフランス語で曲線を意味する。その名の通りケースを湾曲させて、手首への装着感を高めたのである。この頃から90年代にかけては、ラウンドケースの『サントス』も製作されている。ラウンド型以外のディテールは従来のモデルと同じなので、とても貴重なモデルといえるだろう。
また、貴重といえば80年代から90年代初頭の約10年ほど、『サントスオクタゴン』が製造されている。これはブレスレットやベゼルにビスが埋め込まれているのは同じだが、モデル名にあるようにベゼルが’八角形なのである。当時は男女兼用モデルだったが、小径なので、レディスウォッチとして扱われてている。こちらも製造期間が短かったこともあり、珍しい『サントス』となっている。
普遍のデザインを持つ定番『サントス・デュモン』はもちろん素晴らしいが、80~90年代のヴィンテージ『サントス』も個性を重視する方々には、とても魅力的といえよう。
現在もカルティエの柱であり、人気コレクションのひとつである『サントス』。機能重視で発展してきた実戦派とはまた趣が違う、エレガント&スポーティウォッチの元祖ともいうべき腕時計である。