父から継承したロレックスは、いずれ息子へと受け継がれる
文=鈴木文彦
時計好きに「あなたの時計、見せてください」
今回は早期退職して、ニヤニヤしながら「失業者です」と言い切る、ちょっとうらやましい生き方の中川伸一さん。ちょっと前までは地方新聞社の営業職だった。「いやいや、サラリーマンのお給料じゃそんないい時計なんか買えませんから」と言いながらも時計好きに囲まれていたことで様々な時計とともに人生を歩み、さらには、大学生の頃に手に入れた時計をいまでも持っているという、しっかり時計好きだ。
地方新聞社の営業だった
中川伸一さんは兵庫県にある地方新聞社の営業職として20年以上キャリアを積み、現在は「ハローワークに通いながらのセカンドキャリアを模索中」だと笑う。これまでの仕事柄か、そもそも社交的なのか、あるいはその両方か、え?あの人と?という人物との付き合いのエピソードが、取材中にポンポン出てきた。
「週末は妻と小学2年生の息子、幼稚園児の娘を連れて芦屋の臨海部にある大きな公園に行くんですが、そこは自動販売機しかなくて。おいしいコーヒーや紅茶、100%ジュースが買えたらいいのにと思っている家族はウチだけじゃないだろうな、そんなことを誰かがしてくれないかな? と思ううちに、自分でもできないものかと考えているところです。考えているだけですけど(笑)。その公園には競技場があって、週末には小学生のラグビースクールが活動しているのですが、大勢の親御さんが持参した水筒や自販機の飲料を飲んでいるんですよ。ビーチもあるいい公園なので、そこにフィットするドリンクがあればハッピーかなとか思うんですよね」
と、キラキラしたライフスタイルだ。
パネライとの出会い
時計にはバブル期だった学生時代から興味があって、愛読書は『Begin』だったとのこと。チューダーのコストパフォーマンスの良さを知り、社会人なりたての頃に香港旅行に行くと『モナーク』のクロノグラフを買った。
「そのチューダーはクオーツだったのを買った後に気づいて、ちょっと後悔したんですけどね。当時『Begin』で時計記事を書いていたのはおそらくトガッチ(戸賀敬城氏)で、40歳を過ぎたころに会えて、その話をしたら喜んでもらったんですよ」
そのほかにも、大学生当時F1ブームもあって流行していたタグ・ホイヤーの時計を入手したという。それは今も持っていて見せてくれた。物持ちがいい人だ。
その後は「サラリーマンだからそんなにいい時計を買えない」と言いつつも、時計との関わりはさらに深くなっていく。
「20代後半に有名なヨットレーサーの方と知り合って、さまざまな腕時計を見せてもらいました。ユリス・ナルダンやコルム、ロレックスなど。いい経験でした。その人との出会いはモノを見る目が変わる潮目でした」
と笑う。さらにご自身も広告の仕事で神戸の老舗高級時計・宝飾店「カミネ」が営業先になり、その代表、上根亨さん(当時は専務)との付き合いができたという。
上根さんには「腕時計はいいものを買うべし。ちょっと背伸びするくらいのものを身に着ければ、その世界へ時計が連れて行ってくれるよ」と言われていたそうで、狙っていた時計をいよいよ買おうとカミネへ行った際に……
「このパネライのルミノール パワーリザーブに出会ったんですよ」
当時、パネライ『ルミノール パワーリザーブ』は50万円ほどだったのだけれど、それは買おうとしていた時計の値段の倍以上だった。当然、中川さんは迷う。しかし、周囲は止めるどころか「買え、買え」で、1週間悩んだ挙げ句、結局、買うことにした。
「そうしたら悩んでいた一本が最後の一本で、もう売れちゃってて。2,000本の限定品で日本割当はそれほど多くなかったようです。ところが、買えなくて落胆していた私を見て上根さんがわざわざ、僕のために一本仕入れてくれたんですよ」
シリアルナンバーも1975/2000で、まさにギリギリ滑り込みの思い出の一本。お支払いは当然、無金利分割で。
時計には個性が出る
「でも、その後も結局、ちょこちょこと時計は買ったんです。取材でセイコーのダイバーズの話を聞いて、興味を惹かれて買っちゃったり。アイクポッドも持っていたんですが、それは後輩にあげちゃった。旅行に行った時に買ったもので。あと、今でもチュードルは結局、好きですよ。ロレックスは高すぎてなかなか買えないので。あ、でも、父親から私の生まれ年1969年あたりの『デイトジャスト』を引き継いで持っています」
その『デイトジャスト』は、ゴールドのリネンダイヤルのちょっとめずらしいモデル。実はそれとまったく同じモデル(https://m.firekids.jp/wp/00/1111/)を筆者もその時していて、しばらくはそれで話が盛り上がった。
「いまは電車に乗るときのSuicaのために『Apple Watch』をしていることが多いんですが、それはやっぱりスマホとか家電みたいな道具で、時計という感覚ではないですね」
では時計とは、中川さんにとってどんな存在かとたずねてみると
「昭和生まれの私みたいな男性が自己主張できるのは、腕時計とクルマくらいじゃないかなと思っています。ちょうど今日、ミーティングした方も面白い時計(アラン・シルベスタイン)をしていて。腕を見るとその人の個性が出ていますよね。時計の話は、初対面の人とのアイスブレイクになりますし」
そう言って、一本、面白い時計を見せてくれた。
「これなんか、10分、20分、時計の話になることもあります。風防がまるくて、こんなに飛び出ているんですよ。コルムのバブル『カジノ・ロワイヤル』という時計で、もう20年くらい前かな、中古で買ったんです。オリジナルのラバーバンドが欲しいんですよね」
いま気になる時計は?
今欲しい時計を尋ねると、意外にも、自分用にはジャガー・ルクルトの『レベルソ』、奥さん用には「革ベルトの小ぶりなロレックス」とのこと。サイズの大きな時計が好きなのかと思っていました……
「一番使っているのは、このパネライですよ。しっかりオーバーホールもしています。大阪に「エテノワール」(http://etenoir.jp/)っていう、いまはオリジナル時計の制作・販売もしている、小野さんという方がやっている、時計好きのサロンみたいになっているお店があるんですが、そこに依頼しています」
時計は息子さんに引き継ぎたい、という。
「ただ、いまって時計は投資の対象みたいになっていて、30代のサラリーマンがちょっと頑張ったら買えるようないい時計がないですよね。これは数年前に上根さんから聞いたんですが、若い頃に時計に触れないと、40、50でいい時計買おうという気にはならない。メーカーさんは、若いサラリーマンでも買えるいい時計をぜひ、また作っていただきたい!」
FIRE KIDSのアンティーク時計なら、手頃な価格でお子さんにも引き継げるような時計がありますよ、とちょっと宣伝してみると
「ええ、この取材を受けることになったので、サイトに行ってみたんですよ。それで、結局、チューダーばっかり見ていました。でも、最近、義理の父親が、やっぱり時計好きで、ぶらっと訪れた正規店でたまたま『デイトナ』を出してもらえて手に入れたんです!全然、買えないって聞いていたけれど、あるんですね。 あ、僕も今日は帰りにロレックスを覗いてみようかな」
そのお店の品揃え次第で、中川さんの息子さんの将来の相棒は結構、変わりそうだ。とはいえ、もう、2000年に買った『ルミノール』と、1969年の『デイトジャスト』と、おそらく2023年の『デイトナ』もそのうち手元にやってくるから、十分か……小学2年生の息子さん! もし持て余したら、どれか一本、分けてください。
writer
鈴木 文彦
東京都出身。フランス パリ第四大学の博士課程にて、19世紀フランス文学を研究。翻訳家、ライターとしても活動し、帰国後は、編集のほか、食品のマーケティングにも携わる。2017年より、ワインと食のライフスタイル誌『WINE WHAT』を出版するLUFTメディアコミュニケーションの代表取締役。2021年に独立し、現在はビジネス系ライフスタイルメディア『JBpress autograph』の編集長を務める。趣味はワインとパソコンいじり。好きな時計はセイコー ブラックボーイこと『SKX007』。