ロレックスが時計産業に新風を吹き込んだ革新の物語

2024.09.19
Written by 土田貴史

文=土田貴史

ロレックスの始まりは若き起業家の大胆な夢にあった

1905年、わずか24歳のハンス・ウイルスドルフが、ロンドンの片隅で時計の輸入会社を立ち上げた。当時、腕時計はまだ珍しく、懐中時計が主流だった時代だった。しかし、ウイルスドルフは腕時計の潜在的な可能性を見抜いていた。彼の先見性は、やがて時計業界に革命をもたらすことになる。

1908年、ウイルスドルフは「Rolex」という商標を登録した。この名は、発音のしやすさと記憶のしやすさを兼ね備え、さらに小さな時計の文字盤にも収まるコンパクトな字面が都合よかった。それは、ウイルスドルフのひらめきによる造語だったが、この名称こそが未来の世界的ブランドとなる礎となった。

ロレックスの革新は、途切れることなく続く。1910年、ロレックスは世界初の腕時計用クロノメーター認定を取得。これにより腕時計が単なる装飾品ではなく、信頼できる計時器となる可能性を世に示した。そして1926年、時計業界に衝撃を与える「オイスター」ケースを発明。世界初の防水腕時計ケースの誕生である。

この革新的技術は、同年、英仏海峡横断に挑戦した若い女性スイマー、メルセデス・グライツによって実証された。彼女がオイスター腕時計を着用して泳いだことは、ロレックスの信頼性と革新性を世界に知らしめる絶好の機会となった。当時の腕時計は、ホコリや水滴などの侵入に弱かったが、このオイスターケースの登場により、腕時計は信頼性の高い道具として、いよいよ認識されるようになっていく。

技術の頂点を目指して 挑戦と進化の軌跡

技術革新の歩みは、1931年の「パーペチュアル」ローターの発明でさらに加速する。この自動巻きムーブメントは、腕の動きによってぜんまいが自動的に巻かれるという画期的なものであった。手巻き式時計の不便さを解消し、現代の自動巻き時計の基礎を築いたのである。

さらに1945年、ロレックスは「オイスター パーペチュアル デイトジャスト」を発表した。この革新的なモデルは、自動巻き機構と日付表示機能を組み合わせた世界初の腕時計であり、さらに日付が午前0時に瞬時に切り替わる機構を備えていた。デイトジャストは、ビジネスマンや専門家たちの間で瞬く間に人気を博し、ロレックスの象徴的なモデルの一つとなっていく。

第2次世界大戦が収まり、腕時計の需要は軍用から再び民間へと移行した。するとロレックスの挑戦は極限の世界にも及んだ。多くの冒険家や探検家との協力関係を築き、過酷な環境下での時計の性能をテストし続けたのである。1953年、エドモンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイがエベレスト登頂に成功した際、彼らの手首にはロレックスの時計が輝いていた。これは後に誕生した「エクスプローラー」のデザインの源となる「オイスター パーペチュアル」である。

同じく1953年、プロダイバーのニーズに応える「サブマリーナー」が発表され、ロレックスは海の深みへと挑戦の場を広げていく。当時、ダイバーたちは潜水時間を計測するために、防水性能に優れた時計を必要としていたのだ。「サブマリーナー」は、回転ベゼルによる潜水時間の計測機能や、高い防水機構を備えており、プロダイバーたちからの絶大な支持を獲得した。 その堅牢なデザインはファッションアイテムとしても人気を博し、ダイバーズウオッチの定番としての地位を築いたのだ。

1955年、ロレックスは新たな革新を成し遂げる。世界的な航空の発展に伴い、パイロットたちの要望に応えるべく開発された「GMTマスター」の誕生である。このモデルは、独特の24時間表示ベゼルと追加の時針を備え、2つのタイムゾーンを同時に表示することができた。GMTマスターは、国際的なビジネスマンやパイロットたちの間で瞬く間に必需品となり、ロレックスの技術力と先見性を再び世界に示すこととなった。

1950年代から60年代にかけて、ロレックスは次々と象徴的なモデルを世に送り出している。1956年の「デイデイト」は、日付とフルスペルの曜日を表示する初の腕時計として登場。1963年には、レーシングドライバーのために設計された「デイトナ」が誕生。そして1967年、深海ダイビング用の超高圧防水時計「シードゥエラー」が発表された。これらは、それぞれの分野のプロフェッショナルたちのニーズに応えつつ、同時に高級時計としてのステイタスシンボルとなっていった。

その技術革新への飽くなき追求は、現代に至るまで続いている。1985年には、耐食性に優れる904L鋼の使用を開始。2000年代に入ると、自社開発のブルーパラクロムヒゲゼンマイを導入し、耐磁性と耐衝撃性を向上させた。2015年には、組み立て済みの時計に対して行われる厳格なテスト「スーパーレイティブクロノメーター」認定を開始し、日差±2秒という驚異的な精度を叩き出している。

未来への視線 持続可能性と伝統の調和

近年、ロレックスは環境保護と持続可能な活動にも力を注いでいる。「パーペチュアル プラネット イニシアチヴ」プロジェクトを通じて科学者や探検家を支援し、地球環境の保護と理解促進に貢献。製造プロセスにおいてもエネルギー効率の高い設備を導入するなど、環境負荷の低減に取り組んでいる。

今日、ロレックスは世界中で最も評価の高い高級時計ブランドの一つとして君臨している。その時計は、高い品質と信頼性、そして投資価値の対象になるものとして広く認識されているのだ。創業者ハンス・ウィルスドルフの精神は、今なお会社に脈々と受け継がれており、「クラウン(王冠)」のロゴは、卓越性と成功の象徴として世界中で輝きを放っている。

ロレックスの成功は伝統と革新のバランスを巧みに保ち、製品づくりにおいて一切妥協しない姿勢にある。その歴史は、単なる時計製造の物語を超え、精密工学、マーケティング、そしてブランド構築の成功例として、ビジネス界でも高く評価されている。

100年以上の歴史を通じて、ロレックスは「最高品質の時計を作る」という創業者の理念を忠実に守り続けてきた。この揺るぎない姿勢こそが、ロレックスを世界で最も認知され、尊敬される高級時計ブランドの一つに押し上げたのである。

時代が変わろうともロレックスの革新への情熱は決して衰えることはない。

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土田貴史

土田貴史

ワールドフォトプレス『世界の腕時計』編集部でキャリアをスタート。『MEN’S CLUB』『Goods Press』などを経て、2009年に独立。編集・ライター歴およそ30年。好きが高じて、日本ソムリエ協会の「SAKE DIPLOMA」資格を保有。趣味はもちろん、日本酒を嗜むこと。経年変化により熟成酒が円熟味を増すように、アンティークウオッチにもかけがえのない趣があると思っている。「TYPE 96」のような普遍のデザインが好きだが、スポーツROLEXや、OMEGA、BREITLINGといった王道アイテムも、もちろん大好き。

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