ブライトリングの翼は革新の証〜その140年の軌跡とは

2025.04.14
Written by 編集部

時計革命家の遺伝子

1884年、スイスのサンティミエという小さな町で、レオン・ブライトリングは時計工房を開設した。創業当初から、彼は単なる時計製造者ではなく、革新者としての道を歩むことを決意していた。当時、懐中時計が主流であった時代に、彼はクロノグラフ(ストップウォッチ機能を持つ時計)の専門家として名を馳せることになる。

レオン・ブライトリングが他の時計職人と一線を画していたのは、彼の技術的な視点と実用性への強いこだわりであった。彼は時計を単なる時間を知るための道具ではなく、特定の目的のために設計された精密機器として捉えていた。このビジョンは、ブライトリングが世界的なブランドへと成長する基盤となった。

レオンの息子、ガストン・ブライトリングは1914年に家業を引き継ぎ、父の革新的な精神をさらに発展させた。彼の最も重要な貢献の一つが、1915年に開発された世界初の独立したプッシュピースを持つ腕時計型クロノグラフであった。それまでのクロノグラフは、リューズ(時計の横にある巻き上げノブ)でスタート、ストップ、リセットを操作していたが、ガストンの設計により、初めて2時位置に専用のプッシュボタンが設置された。この革新により、クロノグラフの操作性は飛躍的に向上し、より正確な時間測定が可能になったのだ。

1930年代に入ると、ブライトリングはウィリー・ブライトリング(ガストンの息子)の指揮の下、航空業界との密接な関係を築き始めた。航空黎明期において、パイロットたちは正確な時間計測が可能な信頼性の高い時計を必要としていた。ブライトリングはこのニーズを察知し、航空機の計器パネル用クロノグラフ「オンボード・クロノグラフ」を発表。このクロノグラフはすぐに多くの航空機メーカーに採用され、ブライトリングの航空時計としての評判を確立した。

空と海を制覇する時計

1952年、画期的な「ナビタイマー」が誕生する。この時計は航空専用のクロノグラフとして設計され、複雑な航法計算が可能な精密な円形計算尺を備えていた。パイロットたちは燃料消費、速度、距離などの重要な計算をこの時計一つで行うことができるようになったのだ。ナビタイマーはすぐに伝説的な存在となり、現在でもブライトリングの象徴的モデルとして続いている。

しかし、1970年代には、ブライトリングを含むスイスの時計産業全体が「クォーツショック」と呼ばれる危機に直面した。安価で高精度なクォーツ時計の出現により、多くの伝統的な機械式時計メーカーが存続の危機に陥ったのである。この困難な時期に、ウィリー・ブライトリングは1979年に会社をアーネスト・シュナイダーに売却することを決断した。

シュナイダー家の下でブライトリングは新たな時代を迎える。アーネストとその息子テオドアは、ブランドの遺産を守りながらも、新しい時代のニーズに適応するための再構築を行った。彼らは1984年に「クロノマット」を復活させ、新時代のブライトリングの象徴として位置づけた。この新しいクロノマットは、イタリア空軍のアクロバット飛行チーム「フレッチェ・トリコローリ」との協力により設計され、航空遺産を受け継ぎながらも現代的なデザインを取り入れた革新的なモデルとなったのである。

未来への翼を広げて

2009年に、ブライトリングは自社製ムーブメント「B01」を発表。完全に自社開発・製造されたこのクロノグラフムーブメントは、ブライトリングの技術的独立性を象徴するものとなった。B01の開発は、ブランドの創業精神である革新と精密への回帰を意味し、ブライトリングの新たな時代の幕開けを告げるものであった。

2017年、ブライトリングは再び重要な転換点を迎える。シュナイダー家から投資会社CVC キャピタル・パートナーズに所有権が移り、ジョージ・カーンが新しいCEOに就任した。カーンの下で、ブライトリングは「Legendary Future」(伝説となる未来)というキャッチフレーズに基づくブランドの再定義を行っている。

また、ブライトリングは近年、環境保護や持続可能性にも力を入れている。2018年には、海洋保全団体「オーシャン・コンサバンシー」とのパートナーシップを発表し、海洋プラスチック廃棄物問題への取り組みを始めた。2020年には、時計ボックスを環境に優しい素材に変更するなど、企業としての社会的責任を果たす取り組みも強化している。

現在のブライトリングは、創業者レオン・ブライトリングが1884年に掲げた革新と精密というビジョンを引き継ぎながらも、現代のライフスタイルに合わせた進化を続けている。航空界を駆けるDNAはブランドの核心に残り続け、プロフェッショナルの要求に応える高性能時計というアイデンティティは今も健在である。しかし同時に、ブライトリングは現代的なブランドとして、より多様な顧客層に向けたモデル展開やデザインの刷新も行っている。伝統と革新のバランスを取りながら、「カジュアルで包括的な高級時計ブランド」という新しいポジショニングを確立しつつある。

140年近い歴史を持つブライトリングは、常に時代の最先端を走りながらも、その創業精神を忠実に守り続けてきた。航空との深い結びつき、クロノグラフへの専門性、そして無類の耐久性と信頼性—これらの価値観は、ブライトリングが未来へ向けて飛躍するための原動力となっている。ブライトリングの時計は、単なる時を刻む道具ではなく、挑戦と冒険の精神、そして卓越への飽くなき追求を体現するものなのである。

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