ヴィンテージウォッチとの付き合い方 時計の防水性能
ちょっとの水くらいなら大丈夫。そう思っていませんか? ヴィンテージウォッチと付き合うにあたっては、汗ですら、気をつけなくてはいけない場合があります。
そもそも腕時計の防水とは?
まずは、新品の腕時計における防水性能について理解しておこう。
腕時計の防水性能は、JIS規格(日本工業規格:Japanese Industrial Standard)とISO規格(国際標準化機構規格:International Organization for Standardization)によって定められている。JIS規格では、日常生活用の防水性能は「bar(気圧)」という単位で、潜水用時計の防水表示は「m(メートル)」で表される。
日本以外では、気圧を表すbarのほかatmという単位が用いられる場合、メートルではなくft(フィート)で表記される場合がある。自分の時計にどんな防水性能があるかは、大抵の場合、文字盤や裏ぶたにこれらの表記があることで確認できる。
単に「WATER RESIST」や「W.R.」と書かれている場合、これは「WATER RESISTANT」のことで日常生活における防水性能がある、という意味だ。DIVER’Sという表記がある場合は潜水用の高度な防水性能があるという意味になる。
こういった表記がない時計は、防水性能がない可能性がある。また、防水性能がある時計であっても、竜頭がきちんと閉じられていない、など、防水性能が発揮できない状態にあると、スペック通りの性能は出ない。水中や濡れた状態でのボタンや竜頭の操作は 、想定されていないことが多いので気をつけよう。
防水にはレベルがある
防水性能がある腕時計でも、その防水能力にはいくつかのレベルがある。
もっとも防水性能が低いのが『日常生活防水』。
2から3気圧の防水能力があり、これは、静止した状態で水深20mから30mの水圧までなら耐えられる、という意味だ。注意すべきは、静止した状態 、というところ。水深20mであっても、そこで時計が動くと水圧がかかるため、防水性能をオーバーする。水道から流れている水なども、静止状態の水よりも流れる水は圧力があるため、日常生活防水の範囲を超えてしまう可能性がある。注意が必要だ。
『日常生活用強化防水』と呼ばれる時計は、5気圧以上の防水性能を持つ。この性能が出ていれば、ちょっと水があたるくらいならば問題ない。ここから更に防水性能が強化されている、10から20気圧の防水性能を持つ時計もある。20気圧から30気圧防水くらいの性能になると、日常生活での水は、ほぼ気にする必要がなく、水道の水を浴びたりしても大丈夫。着けたまま水泳をしても問題ない場合が多い。ただし、つけたままお風呂に入るなど、時計を温めてしまうのは、防水性能を大きく損なうだけでなく、時計の機構に思わぬトラブルを発生させる原因にもなるので、やめておこう。
20気圧から30気圧程度の防水性能をもつ時計となると、DIVER’S(ダイバーズ)のカテゴリーに入る潜水用時計も現れてくる。正式にダイバーズウォッチと名乗るには、JISおよびISOが求める諸条件をクリアしている必要があるが、防水性能だけでいえば、少なくとも水深100mの潜水に耐え、その1.25倍の水圧に耐える耐圧性がある時計からはDIVER’Sを名乗れるだけの防水性能がある。
腕時計の防水性能に過信は禁物
腕時計の中には、1000m以上の潜水に実際に耐えたものも存在する。有名なロレックスの『ディープシー』というモデルは、3900mの潜水に耐えうるとされ、こうなってくると、もはや、そんじょそこらの潜水艦以上の性能となる。その限界性能を人間が実際に体験することはない、といって差し支えないだろう。
ただし、どんなに優れた性能を誇る腕時計でも、スペック通りの防水・耐水性能が発揮できるのは「時計の状態が完璧な場合」に限定される、ということは覚えておく必要がある。操作ミスは言うに及ばず、ちょっとした経年劣化や傷、外装部品の歪みによっても、その性能が著しく損なわれる、あるいはまったく失われてしまう場合があることを理解しておこう。過信は禁物。腕時計は水が苦手、と考えるべきだ。
また、ヴィンテージウォッチの場合、そもそも専門的な防水・耐水試験を、しばらく受けていない、という時計のほうが多い。例えば、ダイバーズウォッチのなかには、飽和潜水での使用を想定して「ヘリウムガスエスケープバルブ」という機構をもつ時計があるが、ヴィンテージウォッチの場合、これが機能していないばかりか、逆に弱点となって、そこから水の侵入を許してしまう場合もある。
防水性能がない時計とは?
現在では珍しいけれど、1960年代以前の時計になると、そもそも防水性能が備わっていない時計、というものもそれなりに存在する。ヴィンテージウォッチだと、エルジン、ハミルトンなどは、要注意。また、飛行機のパイロット向けの時計は、一見するとダイバーズウォッチのようなルックスをしているものの、空で使うことを前提としているため、水中での使用は考慮されていない、ということもある。
1960年代、1970年代の時計は、現在、普段使いしても、問題ない場合が多いが、新品時点では高い防水性能を誇ったものでも、数十年の時を経た現在、防水性能がかなり失われている、あるいは全く失われている、ということもある。定期的なオーバーホールを受け、良好な状態で保たれている時計だったとしても、防水・耐水性能を新品同様に復活させるような専門的なメンテナンスは行っていない場合のほうが多い。最低限の防水・耐水性能はキープしていたとしても、やはり、過信は禁物だ。
防水・耐水性能がない時計だった場合、雨はおろか、汗、あるいは環境中の湿気と汗による水蒸気すら、時計内部への侵入を防げないことがある。大切にしたいのならば、夏場の使用は避けたほうがいい。革製の「アテ」とよばれるパーツをバンドにつけて、腕と時計との接触を回避したり、裏蓋のパッキンを新品にする、などといった対処法もあるものの、それで確実、とは言い切れない。
内部に水や水蒸気が入ってしまったことが確実にわかるのは、風防の内側、文字盤側が曇ってしまった場合だ。
もしも風防が曇ったら
もしも自分の時計の風防が曇っていることを発見したら、緊急事態。人間で言えば救急車を呼ぶ必要がある状態だ。まずやってはいけないのは、放置すること。内部の機械が錆びたら、それはもう直せない。また、水が文字盤にあたってしまうと、そこから文字盤が劣化してしまうこともある。
FireKidsの店長、野村さんは、1970年代のオメガ『シーマスター』 を使っていたときに、風防が曇っていることに気づいた、という自分の体験を教えてくれた。このとき、まずやってはいけないのが、時計を外すことだ。体温で時計があたためられていれば、少量の水分の侵入だった場合は、その水分が風防の方に行き、ムーブメントや文字盤に触れる可能性が減る。腕から時計を外さず、竜頭を開けよう。自分でできる応急処置はここまでだ。ここから先は専門家の出番。
なるべく早く、時計店に持ち込もう。すばやく分解、清掃を行うことで、事なきを得られる確率がぐっと上がる。
この方法は、ヴィンテージウォッチだけでなく、新品の時計でも使えるものなので、覚えておくと、いざ、というときに、大切な時計を失わずに済むかもしれない。
writer
鈴木 文彦
東京都出身。フランス パリ第四大学の博士課程にて、19世紀フランス文学を研究。翻訳家、ライターとしても活動し、帰国後は、編集のほか、食品のマーケティングにも携わる。2017年より、ワインと食のライフスタイル誌『WINE WHAT』を出版するLUFTメディアコミュニケーションの代表取締役。2021年に独立し、現在はビジネス系ライフスタイルメディア『JBpress autograph』の編集長を務める。趣味はワインとパソコンいじり。好きな時計はセイコー ブラックボーイこと『SKX007』。