リダンは要注意? 研磨は不要? ヴィンテージ時計歴30年のベテランに教わる今昔物語
ヴィンテージ時計歴30年の松浦さんは少し業界を離れ、再び戻ってきたベテランスタッフ。今と昔ではヴィンテージ時計の常識が大きく変わったと感じているとか。「もっと自由に」「本当の意味でヴィンテージを楽しんでほしい」という松浦さんの今昔物語を3本の時計とともに見ていく。
チューダー? それともチュードル? 海外出身者に聞く正しい呼び方
最近、時計を販売しているとよく「オリジナルですか?」と聞かれるという松浦さん。昔もオリジナル性を求められてはいたが、規則に当てはめた時計の楽しみ方ではなく、自由な雰囲気があったと言う。そこでまずは、現在も気にする方が多い「リダン(文字盤再生)」についてチューダーの『プリンスオイスターデイト デカバラ グレー』を見ながら話していく。日付表記があり、文字盤12時の位置にある薔薇のマークが特徴的だ。
「リダンって聞くと、世間的にはあまりポジティブなイメージがないんですよね」(松浦さん)
リダンとは文字盤が汚れたり、シミが入ったりした際に修復すること。昔の時計は修理して使うのが普通であり、使う人も「綺麗な方がいいよね」という感覚の延長でアレンジをしていたと言う。
「個性を出したい?」(クリスさん)
「通常はシルバー・黒・ネイビーまでなのに『赤にしよう』とか『ゴールドにしちゃおう』みたいなポップな人がいたりして、それで楽しんでいた。車の塗装を変えるような感じですよね」(松浦さん)
最近は自由の感覚が変わってきていて、手が加えられていると「改造している時計」と見られることもあるとか。「悪いことをした」という認識で捉えられる場合があり、少し寂しい気持ちになると言う松浦さん。愛着を持って修理したり、アレンジすることは避けられるものではなく、もう少し遊びがあっても良いんじゃないかとのこと。
「チューダーのことで言うと、昔は『チュードル』と言っていたんだよね。日本に代理店ができて、チューダー呼びに変わったらしいんだけど」(松浦さん)
「チューダーは割と日本の英語の読み方。時によってはアメリカ英語からカタカナにする場合もあれば、スイスだと4ヵ国語くらいあるじゃないですか? そういったインスピレーションからカタカナにすることがありますよね」(クリスさん)
「じゃあそこから一応『ル』を拾ったのかな?」(松浦さん)
「もしかすると、ブリティッシュ英語から引っ張ってきたというか。チュードルの方が正式に近いかもしれない」(クリスさん)
ただし、海外出身のクリスさんからするとチューダー・チュードルどちらの呼び方でも違和感はないと話す。「チュードルとこだわって言う方は、その年代を生きてきて、その名前に親しみを感じているので、それはそれで誇りを持っていいと思います」と、いつも優しいクリスさんがいた。
ドレスウォッチの時代。ファッションに合わせたいヴィンテージ時計
「僕が20代の頃に販売していた時は、革ベルト・ドレスウォッチが全く売れなかった」ということで、ジャガールクルトのドレスウォッチ『ヴォーグ 18金無垢ケース 手巻き』を見ていく。幅約28㎜、縦約43㎜と当時では大き目の18金無垢ケースでしっかりとした重さがある。ツートンダイヤルでローマ数字の上品な文字盤が映える。
「ドレスウォッチは『小さいな』『薄っぺらいな』とか、売れるイメージが全くなかった。やはり当時はロレックスだったらサブマリーナとか、ちょっとゴツ目の時計が売れていて、その後にデカ厚ブームみたいなのが流行りはじめて。でもここ最近のドレスウォッチのニーズが凄いんだよね」(松浦さん)
「凄いですよ。本当JLCだけではなく、ロレックスのチェリーニとかも凄いじゃないですか」(クリスさん)
「なんでなんだろうね、ドレスウォッチの市民権というか。でも1つはファッションじゃない? 昔はゴツい時計を付けるのがカッコいいみたいなファッションだったけど」(松浦さん)
綺麗目から古着スタイルまで幅広いファッションが楽しまれている現代。意外にも20代のお客さんから「革ベルトで薄型でカッコいいですね」と言われることもあり、その若さでヴィンテージの良さを分かってくれて嬉しい…と感じることも多いと松浦さんは話す。
「少し時が経てば、また変わるかもしれないですしね。最近のドレスウォッチ、しかもロレックスのチェリーニとか50万円アンダー。ホワイトゴールド、金無垢でね。お手頃な点もグッとくるポイントかもしれないです」(クリスさん)
時計だけではなく、アクセサリーなどファッションアイテムが増えているなか、ファッション毎にアレンジしていきたいとなると、やはりコスト面やファッションへの馴染みやすさは重要になってくると語るクリスさん。
「ローコストで少し小ぶりなものでさらっと着けられるもの、となってくるとドレスウォッチは抜群ですよですね?」(クリスさん)
「みんな着けていて様になるんだよね。普通にカッコいいなと言ってしまう」(松浦さん)
綺麗だから良いわけではない。極力磨かないという選択肢も
セイコーの『グランドセイコー 44GS Ref.4420-9000 箱付き』は、セイコースタイルのデザインを確立させたといわれる製造期間が僅か2年間の希少なモデルだ。良い時計であることは間違いなしだが、「未研磨」ということで若干傷がついている。3本目は、ヴィンテージウォッチの研磨について話していく。
「リダンの話にも繋がるんだけど、使った人の跡が見えるものは少し嫌がられる傾向があって、そこの延長で傷が入ってると磨いてくれと言われる」(松浦さん)
「シャキッとしてますよ、カットが。たしかに磨いてしまうと、このシャキッと感はネガティブになりますね」(クリスさん)
研磨することにより傷は取れて見た目は綺麗かもしれないが、エッジなどの個体の良さが失われてしまう場合もあるので要注意だ。クリスさんとしては「1回磨くとしたら、例えば次の世代に渡す前にピカッとして渡す」のはありだと言う。
「ただ、ダメという言葉は使いたくないですけど、セイコースタイルカットは磨いたダメですね(笑)」(クリスさん)
「もちろんお客さんのニーズや必要に応じて磨くんですけど、当店は極力磨かないという状況で出しています」(松浦さん)
ヴィンテージやアンティークといった名前がついているが、結局のところは中古品。傷も受け継がれてきた歴史の一部だ。「とりあえず綺麗にしよう」ではなく、研磨のメリット・デメリットを個体に合わせてよく考えたい。
昔はマニア向けという印象があったかもしれないが、今は幅広い世代に受け入れられているヴィンテージ時計。慎重に扱う必要があり手もかかるが、長い時間のなかで生まれた味わいを「もっと自由に」たくさんの方に楽しんでもらいたい。