【オーナーインタビュー】ビンテージのセイコーダイバーは出会いを重ねることで手元に届いた

2024.09.23
Written by 長谷川剛

時計好きに「あなたの時計、見せてください」と依頼するこの企画。今回お話を聞いたのは、筋金入りのセイコーダイバーズ・ファン。大西健五さんは兵庫県神戸市において、不動産業に加え30年にわたり複数のガソリンスタンドを経営する実業家だ。若いころからスポーツマンであり、そのアクティブなマインドは現在も旺盛に持ち続けている。特にコミュニケーションを通じて事業発展や地域活性を積極的に志向する熱血の時計愛好者である。

出会いが次の展開に繋がる

大西さんは非常に対話を大事にする人物。人と話し合うことでリレーションが深まり、本当に相手の求めることが具体的に見えてくるという。そして積極的に話しかけることで出会いも生まれ、その出会いが次の展開に繋がっていくとポジティブに信じているのだ。

「それゆえに自分が経営するガソリンスタンドは、全自動のセルフ式ではなくスタッフがすべてを人力で行うフルサービススタイルです。それはお客様と直接会話をすることで、ニーズを読み取りチャンスなどが生まれるから。たとえば車両の不具合なども、会話のなかで把握できることがあります。であればこちら発信による修理等のご案内にも繋げられるし、お客様との関係性も自然に深まります」

また、若いころからバイクレースに熱中してきた大西さんは、現在も単車仲間を募ってツーリングイベントなどを主催するという。仲間が仲間を呼んで新たな出会いが生まれ、人生が一層楽しくなるのだと強調する。

そんなアクティブな経営者が長年愛用する時計は、日本が誇るセイコーダイバーズ。現在は3本のビンテージと一本の現行品を所有する。そしてその始まりは、自身の父親が大きな起点であると振り返る。

「僕もスポーツが好きですが、それは父親譲りのもの。父は若いころにスキーやダイビングを趣味としており、必要アイテムのひとつとしてセイコーダイバーズを愛用していました。父親はかなりのこだわり派で、当時セイコーダイバーズのサードはまだ国内で販売されておらず、逆輸入のカタチで日本に入ってきたモデルを、わざわざ横浜まで出向いて買ったと言っていました」

まるで“若大将”のように海や山に出掛けては、スポーツに興じる父親を見て憧れを持った大西さん。その腕には常にセイコーダイバーズが輝いていたという。そしてついに学生時代に父親に頼み込み、そのサードを譲り受けることができたのだそう。

「非常に嬉しかったですね。一人前の男になったように感じました(笑)。それ以来、学生時代はずっとそのサードを付けて生活しました。それを見て時計好きの友人が“たまにはメンテナンスしたほうがイイ”とアドバイスしてくれました。結局、15年ほど使い続けましたが、まったく故障などがなかったのを覚えています」

その後、学校を卒業して社会人となった大西さん。自分の稼ぎにてセイコー キネティックなども購入し、サードと交互に使うようになったという。しかしやはり、一番のお気に入りはビンテージのセイコーダイバーズ。かねてから狙っていたセカンドと呼ばれる植村直己モデルを手に入れることとなる。

「小学校の頃に父親の書斎にあった植村直己の著書を読んで非常に感銘を受けました。“こんな冒険家が本当にいるんだ。すごい超人じゃないか”と感動したのです。そして、その本にも書かれていたセイコーの時計にも同時に憧れて。植村さんは冒険するに当たり、複数の時計をテストするのですが、クリアできたのはセイコーダイバーズのみ。素直に僕もソレが欲しい! とずっと思い続けていたのです(笑)」

実際に探すとなると程度の良い個体は少なく、結局知り合いを通じ足掛け5年を経て手に入れることができたと大西さん。当時はインターネットも今ほど普及しておらず、理想のビンテージを探し出すには独自のネットワークと根気が頼りとなるのだ。同じようにセイコーダイバーズのファーストも、知人の自動車整備工場のオーナーから譲り受けたのだそう。

大西さんがコレクションするセイコーダイバーズはファースト、セカンド、サードに加え、近年買い足した復刻版の“植村モデル”の4本。なかでもお気に入りは、やはりビンテージなのである。

「僕の自家用車は昭和時代のランドクルーザー。無骨で直線的なスタイルがとても好きなんです。最近の流線型デザインも良いとは思うのですが、思い入れが強く湧くのはやはり男らしくてパワフルな方(笑)。そしてセイコー好きであるのは、自分が日本人だからだと思います。知り合いに海外の友人も多いのですが、セイコーダイバーズのビンテージは非常に評価も高いんです(笑)。そしてセイコーダイバーズが新作になればなるほどハイスペックであるのも承知しています。しかしビンテージは、一期一会とでも言うべき特別な出会いのもの。お金を出せば必ず買えるものではありません。僕のコレクションウォッチも、長年のお付き合いにて築き上げたネットワークがあればこそ。そういう意味で掛けがえのない宝物だと思っています」

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長谷川剛

長谷川剛

1969年東京都生まれ。エムパイヤスネークビルディングに所属し、『asAyan』の編集に携わる。その後(有)イーターに移籍し『asAyan』『メンズクラブ』などを編集。98年からフリー。『ホットドッグプレス』『ポパイ』等の制作に関わる。2001年トランスワールドジャパンに所属し雑誌『HYBRID』『Warp』の編集に携わる。02年フリーとなり、メンズのファッション記事、カタログ製作を中心とする編集ライターとして活動。04年、エディトリアルチーム「04(zeroyon)」を結成。19年、クリエイターオフィス「テーブルロック」に移籍。アパレル関係に加え時計方面の制作も本格化。

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