【連載コラム 第8回ハミルトン】 名古屋の大須で出会った超絶ボロいハミルトンのミリタリー 文=名畑政治
1940年代、アメリカ軍用として製造されたミリタリー・ウォッチのA-11。ハミルトンをはじめエルジンやウォルサム、ブローバなども製造した。ボロボロのまま、第二次大戦当時のスタイルにしたが、実際には着用したことはない。
超格安で手に入れた正真正銘のガラクタ時計
今から40年ぐらい前、にわかにミリタリー・ウォッチのブームが巻き起こった。あるモノ情報誌が仕掛けたといえなくもないが、装飾性を排除した質実剛健なミリタリー・ウォッチは、アンティーク・ウォッチやヴィンテージ・ウォッチに、まだウブだった日本人に、とても魅力的に見えたのだ。
ところが当時、アメリカ本国には第二次大戦中のミリタリー・ウォッチが、中古どころかデッドストックの完成品やパーツも含め、大量にストックされていることが判明。都内の某アンティーク・ショップでは、そんなデッドストックのケースと文字盤に新しいムーブメントを組み合わせたモデルを販売したこともあったほどだ。
それもあって当初は貴重品扱いされたアメリカのミリタリー・ウォッチだったが、やがてアメリカから大量に入ってくると相場は下落。とはいえ、少し前からそんなストックも払底し、ミリタリー・ウォッチの相場はジワジワと上がり続けている。
今回、取り上げるハミルトンは、まだ米軍用時計が貴重品と思われていた1980年代半ばに手に入れたもの。買ったのは名古屋大須のガラクタ屋だった。
ライターとして仕事を始めたばかりの私は、就職して名古屋支社に赴任していた高校時代の友人宅に泊めてもらい、名古屋をあちこち歩きまわって掘り出し物を探していた。そこで訪ねた大須だったが、話に聞いていたリサイクルの殿堂「コメ兵」(まだ東京に進出していなかった)でも空振り。がっくり肩を落として店を出て、角を曲がったところに、錆びたスパナやドライバーを並べたガラクタ屋を見つけた。
ところが、そのガラクタの中に、これまたほとんどガラクタそのものの腕時計がある。 やけにボロいが、とりあえず手に取ると、なんとハミルトン。しかも貴重といわれているアメリカ軍のミリタリー・モデルじゃないか!
「おじさん、これいくら?」「よかったら、XXXX 円で持ってきな」
XXXX円? あまりに安すぎてちゃんとは書けないが、今どきのランチ代金ぐらい。40年前にしたって安い! いくらなんでも安すぎる。
「それは今朝12個入ったうちの最後の1個。あとはホレ、そこにいるオヤジが全部買ったよ」と店のおじさん。
指差す方を見ると、汚いカッコしたオヤジがヘラヘラ笑っている。なんでこんな人が時計を11個も買うんだ? それもして、それはどんな時計なんだか、聞いてみたいとチラリと思ったが、とにかくハミルトンを買うのが先決。あわててお金を払って我が物とした。でもまぁ、今思えば、あのオヤジさんの買った時計も見せてもらえばよかったと、少々、後悔しているのだ。
1940年代に大量生産された軍用腕時計の名作?
それにしても格安なだけあって、そのハミルトン、見れば見るほど汚い。ケースのメッキは剥がれて真鍮の地が出ているし、夜光が入った針もインデックスも真っ黒け。おまけにストラップはボロボロで、到底、使用に耐えないぐらいヒドかった。
ケース径は32mmと小ぶりだが、これで当時の紳士用腕時計のスタンダードなサイズである。素材は真鍮でクロームメッキが施されているものの、使い込んだことでかなりの部分にキズが付きメッキが剥げている。本来ならステンレススチールを使うべきだが、戦時体制のため、スチールは兵器の製造のために優先されたという。
おそらく、大戦後に米兵が日本に持ち込み、その後、日本人の手に渡ってからは何人もに酷使され続けてきたのだろう。
ちなみに、このハミルトンは、センターセコンドのミリタリー・モデルだから1940年代の「A-11」だろう。搭載ムーブメントは、スモールセコンドのCal.987Aに歯車を追加したCal.987S。たしかにCal.987Sの特徴のひとつであるハック機構(秒針停止機構)も装備しており、その気になれば時報に合わせて正確な時刻合わせが可能だ。
ただし、私の手持ちの工具ではこの裏蓋が開けられないため、買ってからまだ確認したことはない。
また、汚いストラップは即座にゴミ箱に捨て、当時は手軽に購入できた第二次大戦中のコットン製軍用ストラップに交換してある。
入手後、もとから付いていた汚いストラップは捨てて、1940年代に作られたミリタリー・ストラップを装着した。コットン製でアルミニウムのバックルを装備するこのストラップは、小ぶりな第2次世界大戦中のミリタリー・ウォッチにピタリとマッチする
時計に封印された戦後という時間
しかし、このハミルトン、ミリタリー・ウォッチのはずだが、怪しい部分が満載なのだ。たとえばA-11なら本来、ブラック・ダイアルだが、白っぽい文字盤だし、オリジナル(原型)の軍用とは微妙に仕様が違う。カッチリとしたアラビア数字のインデックスはもともとのものらしいが、まわりの目盛りは本来、レイルウェイ・トラックであるはずで、ロゴもなんとなく怪しい。とはいえ、もしも書き換え文字盤だったとしても、高く転売するためのものではなく、あくまでも実用のためにリダンされたものだろう。
そして本来なら裏蓋にあるはずのミルスペックの刻印がない。理由として考えられるのは、(1)兵隊が手放すときに出どころがバレるのを恐れて削った(支給された時計は国のもので勝手に処分するのは御法度)、(2)これは官給品ではなく、PX(酒保=基地内などにある売店)か一般向けに販売されたものだったのでダイアルも含めて仕様が異なっている、といったことだ。
ケースは真鍮だが裏蓋はステンレススチールが用いられている。本来ならここにミルスペックのデータ(製造元や製造番号、製品のタイプを示す数字など)が刻印されているはずだが、この時計にはそのような刻印が一切ない
とはいえ、ケースやハック機構などミリタリー・ウォッチと同等の機能を備えていることは、すでに紹介した通り。
こうして40年近く私の手元にあるハミルトンのミリタリー・ウォッチ。以前は、いずれ分解掃除をし、ケースをメッキをしなおしてレストアしよう、と考えたこともあった。
だが、それをやると、なんだかこの時計が生き抜いてきた戦後という時間が、すべて消えてしまうような気がするのだ。だから私は一切の手を加えず、そのままの姿で保管しているのである。
writer
名畑政治
1959年、東京生まれ。'80年代半ばからフリーライターとして活動を開始。'90年代に入り、時計、カメラ、ファッションなどのジャンルで男性誌等で取材・執筆。'94年から毎年、スイス時計フェア取材を継続。現在は時計専門ウェブマガジン『Gressive』編集長を務めている。