フォトグラファー笹口悦民が描く深い世界観を込めた撮影環境
文=長谷川 剛
ファッションを中心にビューティーや時計といったスチール撮影に加え、昨今はCMや映画など映像の撮影監督も務める笹口悦民さん。実はファイアーキッズが運営する撮影スタジオの新設にあたり、設計を始め各種監修役として深く関わったクリエイターなのである。今回は、ヴィンテージ時計ショップ併設となるスタジオ作りという“仕事”について、まつわる様々な取り組みをうかがってみた。
クリエイティブディレクターとしての仕事
笹口 自分にオファーされるフォトグラファーの仕事は従来どおり継続させていますが、昨今はクリエイティブディレクターとしてシャッターを押さない仕事も増えています。スタジオ作りの監修業務も今回が初めてではなく、以前にはアマゾンジャパンのスタジオ作りをディレクションしたこともありました。
ファイアーキッズ(FK) フォトスタジオ作りというのは、どういったステップを踏んで進んでいくものですか?
笹口 まずはそこでどんな撮影が行われるのかを、担当者から聞き取ることから始めます。本件に関しては数回のミーティングを経て、ただ単に時計撮影をしたいだけではなく、しっかり世界観をも込めた写真が必要であるとのリクエストを受け取りました。つまり、時計をキレイに写すだけでなく、その写真を見て、誰もがストーリーをしっかり感じ取れる背景作りまでのフォローが必要だと感じたのです。
FK そうすると撮影空間やカメラ機材だけの用意では十分ではないと?
笹口 そうです。本件において撮影するアイテムは、すべてヴィンテージ時計となるわけですが、その時計を所有していたとする持ち主を想起させるようなイメージ作りにて、リクエストに対応しようと考えました。そこで必要となるのがイメージを補完する各種のセットです。そこでスタジオ作りと並行して、架空の時計オーナーとなる人物のペルソナ作りもディレクションしました。
FK なるほど、ヴィンテージ時計が備えている歴史的な深い味わいを、ある人物のスタイルに仮託しイメージ化しようというわけですね。その持ち主とはどのような背景の人物像となりましたか?
笹口 設定に関しても当然ですが、担当者との複数回のミーティングを経て作り上げました。最終的に決定したのは「英国をイメージさせるヨーロッパ在住の貴族であり、様々なアクティビティを積極的に楽しむ趣味人」というペルソナです。それゆえに撮影に際しては、いろいろなプロップ(小道具)が必要となるわけで、プロップ専門のスタイリストを別途起用し、彼等と相談しつつ必要なアイテムを揃えていきました。
イメージディレクションが作業の大半
FK 撮影小道具として揃えたプロップは多岐にわたると思いますが、一例を挙げるとなるとどんな物でしょう?
笹口 例えば6月の撮影なら、ル・マンという自動車レースに向うという設定から、グローブなどドライビングに必要な小道具をピックアップしました。また、7月ならばカンヌに赴くというストーリーから、映画関係の小物を複数探しました。また、それらプロップを設置するベースとなる台も重要。各種テーブルに始まりレザーや布、それに大理石なども発注しました。
FK なるほど、これはかなり通常のフォトスタジオ作りとは異なりますね。
笹口 そうですね、結果的にイメージディレクションが作業の大半を占めることとなりました。僕のキャリアのなかでも、かなり異例と言える内容です(笑)
FK そして撮影シーンごとに分かりやすく、パッケージまで手掛けられたとうかがいました。
笹口 はい。用意した各種のプロップをどのように使うのか、一種のチュートリアルになるよう、実際にサンプルの時計を入れ込んだ撮影イメージを作成しました。ライティングからプロップの置き方、スタイリングまでが把握しやすいパッケージにして、さらに後からでも取り出しやすいようカタログ的にまとめてみました。現在もカタログの内容は随時増やしていますが、これまでにだいたい30種ぐらいは作成しました。
FK 30種は非常に豊富。それなら年間をとおして、かなり様々なバリエーションのイメージが撮れそうですね。
笹口 パッケージには効率的に撮影が行えるような工夫も入れ込んでいます。結局、撮影において時間を要する作業となるのがセット替え。撮影環境をチェンジするときに、なるべく手間を取らないような段取りや手順の指定も、パッケージに組み込んでいます。
FK なるほど、これはまさにいたれり尽くせり(笑)。であれば、次から次に入荷されるストックも、素早くしかも多様なイメージにて撮影できるということですね。それを知るとファイアーキッズのコンテンツを閲覧するのが益々楽しみになりますね(笑)
笹口 有り難うございます。ぜひご期待ください(笑)
writer
長谷川剛
1969年東京都生まれ。エムパイヤスネークビルディングに所属し、『asAyan』の編集に携わる。その後(有)イーターに移籍し『asAyan』『メンズクラブ』などを編集。98年からフリー。『ホットドッグプレス』『ポパイ』等の制作に関わる。2001年トランスワールドジャパンに所属し雑誌『HYBRID』『Warp』の編集に携わる。02年フリーとなり、メンズのファッション記事、カタログ製作を中心とする編集ライターとして活動。04年、エディトリアルチーム「04(zeroyon)」を結成。19年、クリエイターオフィス「テーブルロック」に移籍。アパレル関係に加え時計方面の制作も本格化。