この道30年のヴィンテージウォッチ専門店『FireKids』

2022.03.23
Written by 鈴木 文彦

東急東横線の白楽駅のすぐそば。六角橋商店街のアーケード内に、ヴィンテージウォッチファンから一目置かれる時計店『FireKids』はある。

火の玉小僧

「若者だった私の夢はいつか大好きな『趣味の時計』の店を出すことでした。頑張ってお金を貯めて、念願のショップを開くことができたときは夢が叶いとても嬉しかったです。」

この店を始めたときのことを、創業者である鈴木雄士さんはそう述懐する。1995年。鈴木さんは29歳だった。印刷会社の営業マンで、フリーマーケットが好き。フリーマーケットの客であり、売り手だった。古着の一大ブームが1997年頃だというから、そのちょっと前の話だ。

「フリマ仲間の中村さんが川崎で『スイートロード』というヴィンテージ時計店を始めて、自分もやってみたい、とおもったんです。若かったから、怖いものなんかなかったんですよね。当時は、火の玉小僧で、突っ走っていました。」

だからこれで儲けようとか、店を大きくしようとかいう野望を抱いている暇もなかった。好きなことに打ち込んでいたFire Kidのもとに、お客さんも協力者も増え、ひとり、またひとりとスタッフも増えていった。Fire KidはFireKidsになった。

若き日の鈴木さんとFireKids。

時計だけでなく、古着も扱っていたことがあった

「ヴィンテージウォッチとか、機械式時計が趣味として認知されてきた時期でもあって、私は運がよかったんです。『アイビールックにロレコンがオシャレ』みたいな時代です」

ロレコンとは、ロレックス『デイトジャスト』のコンビモデルで、オイスタースチールと呼ばれるロレックスのスーパーステンレススチール904Lに、イエローゴールドか、エバーローズゴールド(ピンクゴールド)かを、ベゼル、りゅうず、インデックス、針、ブレスレットのセンター駒に組み合わせたモデル、あるいは、ベゼルがホワイトゴールドのモデルのことを指す。正式には『ロレゾール』という名前で、80年代前半に新品の販売価格は90万円弱だった。

ロレコンこと、ロレックス『デイトジャスト』のコンビ

>>ロレックスデイトジャストを探す

「ヴィンテージウォッチになれば安かったんです。それも人気だった理由じゃないですかね。ロレックスでも手巻きの6694なんかだと、80年代後半の時期は5万円あれば買えましたよ。チューダーも安かったし、オメガのシーマスターなんて70年代のものなら、2万円くらいで買えたんじゃなかったかな……」

「6694」というのは『ロレックス オイスターデイト』のこと。1950年代から1980年代後半まで製造されていたロングセラーモデルで、現在でも人気だ。もちろん、いまでは5万円で買えるなどということはなく、30万円はするとおもっておいたほうがいい。

「だから、当時はお金がない若者でも、おしゃれな時計を買えたんですよね。」

1980年代、時計業界は非常に勢いがなかった。1970年代にクオーツが登場して、安価な機械式時計は壊滅。ある程度のお金持ちを相手にしていたスイスの機械式時計業界も冷え込んでいた。この業界が伝統工芸的な価値で注目を浴びるのは90年代に入る頃だ。

「日本の場合、ブームの火付け役になったのは、ロレックの『バブルバック』なんですよね。中古の時計が安かった当時でも、この時計だけはプレミア価格がついていた。大人の趣味みたいな感じですね」

「バブルバック」とは1930年代初頭に誕生した『オイスターパーペチュアル』。自動巻きユニットの影響で裏蓋に膨らみがあることから「バブルバック」の愛称で呼ばれる。

バブルバックこと、ロレックス『オイスターパーペチュアル』

「それがアンダーで40万円くらい。レアモデルで200~300万円。特別なものだと500万円を超えるものもありました。バブルバックだけが、特別な骨董品みたいな扱い方をされたんです」

1990年代「バブルバック」は50年以上前の時計だった。当然のことながら、2022年現在、これは80年以上前の時計ということになる。

「うちのスタンスですけれど、いま、1940年代よりも前の時計はあまり扱いたくないですね。クルマで例えるなら、T型フォードを扱うような感覚ですから。」

FIREKIDSが扱うヴィンテージ時計

鈴木さんがFireKidsを始めたときに、気をつけたのは、使えるヴィンテージ時計を売ることだった。

「ヴィンテージ時計はすぐ壊れるとか、時間が信用ならないというイメージがある方も多いと思います。FireKidsは創業当時から、きちんとした精度が出る時計を売ることを重視しています。」

古い時計なのに、すごく調子がいい、というのが、FireKidsが人気店となった理由のひとつだ。それが理由で、バブルバックのような古すぎる時計はあまり積極的には扱わない。中核をなすのは1950年代以降の時計。1960年代、70年代の時計であれば、日差5秒以内の精度にオーバーホールできることも少なくないという。

創業当時に鈴木さんの想いを形にし、結果的にFireKidsのクオリティスタンダードを作ったのは時計職人最高峰の時計技術試験を1965年にクリアして、C.M.W.(Certified Master Watchmaker)の称号を得た、高柳誠一朗氏だった。1954年から1980年まで実施されていた試験で、C.M.Wの資格を獲得した世界に800人しかいない時計技師の一人だ。時計業界を引退していた高柳氏をFireKidsが呼び戻した。

「私もそうですが、ヴィンテージ時計が欲しいのは、趣味にお金を使いたい、時計が好きな人なんです。そういう人に満足してもらえる時計を提供したい。私がお店を始めたころと比べると、ヴィンテージ時計も人気が出て、絶対数も減りましたし、価格も高騰しています。状態がいいものも少なくなっていますから、より、きちんと見極める必要があります。そういう時計を、好きな人、どうしても欲しい人に持っていてもらいたいです。だから、価格も勉強しますよ」

価格帯はものにもよるけれど、20~30万円くらいから考えれば、面白い一本が見つかるはず。そこから先はだいたい、20万円刻みで、50万、70万……と考えるといい。

「お客さんのなかには、他店のホームページを私にみせて、これ、買っていいでしょうか?って質問する方もいらっしゃるんですよ。」

なかなか変わった来訪者だとおもうけれど、鈴木さんは、時計好きとして、真面目なコンサルティングをするという。この値段でこの見た目ならば、買っていいとおもうけれど、ベゼルが純正品かどうかは、よく見たほうがいい、など、そのアドバイスは具体的だ。文字盤や針なども、純正品ではない部品に交換されている場合がある。そういったところも見極めるポイント。

時計愛は伝わるもので、お客さんがあらたなお客さんを連れてきてくれる、というようなことも珍しくない。

「一人で20本以上買ってくれている常連さんが、仕事で付き合っている方や、友達、家族を連れてきてくれた、ということもあります。FireKidsが好きだから、といってくれて、応援してくれるんです。あるお客さんが、形見の時計を修理できる店を探している会社の同僚を連れてきてくれたこともあります。その方の時計はキレイに修理できて、それ以来、使ってくださっているんですが、これがきっかけでヴィンテージ時計に惹かれて、ほかの時計も買ってくれるようになりました。」

親子2世代でFireKidsのお客さん、という例もあるという。

FireKidsは、ヴィンテージ時計の販売・修理だけでなく、買取・委託販売も行っている。だから、買った時計を大事に使い続けるのもいいし、売り買いをして、いろいろな時計を渡り歩くような付き合い方もできる。

「ただ、箱に入れたまま使わないで、時計を金融商品みたいにしてしまう、という付き合い方は、時計好きとしては、もったいない気持ちになりますね。そういう、とっておきの時計を持っている方も、使う時計は使う時計で持っていて欲しいものです」

カッコいいヴィンテージ時計は?

鈴木さんがヴィンテージ時計に惹かれた理由は、特にない。フリーマーケットで見て、ただ、カッコいいとおもった。それだけだった。

「一瞬で虜になりました。新品にない、文字盤の焼け、使用感。機械式だということ。気づいたら買っていました。」

そしてそれを使った。「アイビールックにロレコン」だけではない。

「セイコーやシチズンの70年代のクロノグラフがブームになったこともあるんですよ。古着のデニムなんかを着たときに、日本の70年代のクロノグラフがマッチするんです。そのあとキレイ目がはやって、そうなると、新品の時計に人気が出て、2000年代はデカ厚とかが流行って。ヴィンテージはヴィンテージで再評価されて、ロレックスなどを中心に高騰していったのはその後ですね。」

セイコー5スポーツスピードタイマー

2010年代になると、メーカーが復刻版を発売するようになったのも、そのオリジナルであるヴィンテージ時計人気を加速させた。

では、最後に、ヴィンテージ時計の歴史とともに生きてきた鈴木さんが、今、注目している時計は?

「私は、お店では時計をしないんです。ヴィンテージ時計ってやっぱり趣味のものですから、ブランドやモデルに熱烈なファンがいますよね。ということはアンチなになに、というのもあるんです。だから、私が好きな時計をしていると、気分を害される方もいますし、逆に、それをどうしても売って欲しい、という方もいるんですよね……」

そんななかで、いち時計好きとして言うなら、といって教えてくれたのが、マイナーだけど、かっこいいスポーツウォッチとダイバーズウォッチ。

テクノス 『スカイダイバー』

「これは個人的に持っているものですが、テクノスの『スカイダイバー』。一時期、スイスの高級時計として、ラドーとともに知名度が高かったのがテクノスです。ブームになったので、数が多いですし、それほど、高騰していません。文字盤がミラーダイヤルで、経年劣化でブラウンチェンジしたものがカッコいい。エニカのバルジュー72がはいったクロノグラフ、ダイバーも私は好きです。こちらはお店でも人気がありますね。」

エニカ クロノグラフ

鈴木さんは、趣味人で、話し好き。時計だけでなく、クルマやバイク、珍しいところでは鉱物の分析にも詳しい。お店に来たお客さんと話しているうちに打ち解けて、友達のような関係になることもある。

「いち時計好きとして、楽しい思いをさせてもらいましたね。仕入れって、自分で買った気にさせてくれるところがあるんですよ。本当に自分が欲しい時計は手元に残したり……そうやって自分も楽しんできました。」

と、隠居のようなことを口走るが、現在はオーナーを退いたものの、お店の顧問としてFireKidsに関わっている。時計にそこまで詳しくなくても、店内を見ながら鈴木さんと話をしているだけで、きっと、一本買ってみようかな、という気分になるはずだ。

writer

鈴木 文彦

鈴木 文彦

東京都出身。フランス パリ第四大学の博士課程にて、19世紀フランス文学を研究。翻訳家、ライターとしても活動し、帰国後は、編集のほか、食品のマーケティングにも携わる。2017年より、ワインと食のライフスタイル誌『WINE WHAT』を出版するLUFTメディアコミュニケーションの代表取締役。2021年に独立し、現在はビジネス系ライフスタイルメディア『JBpress autograph』の編集長を務める。趣味はワインとパソコンいじり。好きな時計はセイコー ブラックボーイこと『SKX007』。

記事を読む

ranking