1930年代ゼニスの小型クロノグラフは初のスイス取材の時に入手した

2024.02.28
Written by 名畑政治

文=名畑政治

1930年代製と思われるゼニスの小型クロノグラフ。ケース径は32.3mmと非常に小振り。ZENITHのメーカー表記の下に「IMPORTE DE SUISSE」とあるのはフランス語で「スイスからの輸入品」という意味。つまりこの時計はスイス国内で販売されたものではなく、外国に輸出されたものが里帰りしてラ・ショー・ド・フォンのアンティーク時計店に並んでいたということになる

オメガのヴィンテージ・クロノグラフにまつわる悔しい思い出

ヴィンテージのクロノグラフというと非常に悔しい思い出がある。

それは今から30年以上も前、行きつけの都内某アンティーク時計店を訪ねたところ、ショーケースに1930年代のオメガのツー・インダイアル・クロノグラフを発見した。 見せてもらうと確かにボロっちいが、逆にそれが貫禄を醸し出し、なんとも魅力的。値札を見ると意外にもお手頃。まぁボロいから当然だけど、「これなら買える!」と店主に購入の意志を伝えると、「いや、これまだ調整中なんで、ちょっと待ってね。特にホラ、ベゼルにヒビが入っているでしょ? このベゼルを新しく作ってから渡すから」と言われ、「じゃあ代金だけは払いましょうか?」と言うと、「それは出来上がってからでいいよ」というので予約を入れてメインテナンスしてもらうことにした。

ところが待てど暮らせど「完成しました」の連絡がこない。しびれを切らして何度か店を訪ねるも、「もう少し待ってね」と言うばかり。結局、そんなことを繰り返しているウチに縁遠くなり、気がついたら閉店していて、オメガのクロノグラフは僕のところにはやってくることがなかった。まぁ、お金入れてなかったから実害はなかったけどね。

“時計の帝都”ラ・ショー・ド・フォンでの出会い

そんなわけでオメガのクロノグラフには思い入れがあり、最初にバーゼルフェアを訪れた1994年のスイス取材の際にも、「どこかアンティーク店でオメガのクロノグラフを見つけたら買ってやろう」と意気込んでいた。するとラ・ショー・ド・フォンの国際時計博物館取材の後にポッカリと時間があいた。すると博物館の門前に何軒かのアンティーク時計店があるじゃないか。早速、そのひとつに入りショーケースを見ると、そこにあったのが1930~40年代に製造されたミネルバやゼニスのクロノグラフだった。

ペルラージュ装飾が施され、中央にゼニス純正を示す刻印があるケースバックの内側。ゼニスのマークの上にある「FAB.SUISSE」とはスイス製、その下の「ACIER STAYBRITE」とは錆びにくいステンレススチールの意味。とはいえ絶対に錆びないわけではなく、湿気が入りやすいエッジ部分に腐食が見られる

「ちょっと、こっちのゼニスのクロノグラフを見せてください」と店主に告げて手にとった。文字盤はブラック。程度は年代相応。45分積算計とスモールセコンドのツー・インダイアルでプッシャーは角形。典型的な1930年代のクロノグラフである。珍しいのはケース径が32.3mmと小振りなこと。当時でもクロノグラフは3針モデルより大ぶりなのが普通で、35~36mmぐらいが多かったから、33mm以下のクロノグラフは比較的珍しい。しかも、その小振りなケースにもかかわらずラグ幅は19mmもある。当時のストラップは16~18mmが主流だから、これは異例ともいえる幅の広さ。何より幅広のストラップは腕につけた時の見栄えが良いのが好印象だ。

購入後にストラップを、たまたま手持ちにあった1960年代のアメリカ製「KREISLER(クライスラー)」のリザードに交換した。ラグ幅は19mm。ストラップの裏にあるR3/4(消え掛けてるけど)というのはインチでの表記で、1インチの3/4、つまり約19mmを意味している。小型クロノグラフではあるが、ラグ幅を広くしている点にゼニスの卓越したセンスを感じることができる

しかも店主に頼んで裏蓋を開けてもらうと、高品位なクロノグラフに必須といわれるコラムホイールがあるし、店主自身が時計師でメインテナンスされているから作動に不安はない。てなことを、このゼニスを手に取りながらアレコレ考えていたが、イヤちょっと待てよ。僕が探していたのはオメガじゃなかったのか? そして、この店にオメガはないのか? との思いが頭をもたげてきた。

「オメガよりゼニスのほうが珍しいだろう?」と店主は言った

「ところでオメガのクロノグラフはないですか?」と尋ねると、「オメガは今ないね。でもゼニスのほうが珍しいから、そっちのほうが良いじゃないか」まぁ、確かにおっしゃるとおりだが、オメガ・マニアですからね私は。とはいえ、ここでゼニスに出会ったのも何かの縁。値段も思った以上に手頃(現在の1/3ぐらい)だし、ということでゼニスのクロノグラフはコレクションに加えられることとなった。

その後、日本に帰って調べると、このクロノグラフに搭載されている「Cal.136」は、直径13リーニュ(ほぼ30mm)で、ユニバーサルが供給したエボーシュに手を入れたものであるとわかった。そしてさらに今、この原稿を書くためにネットでゼニスの「Cal.136」を検索したところ、新たな事実が判明。1930~40年代にゼニスが販売したクロノグラフ・ムーブメントはユニバーサルのムーブメントを開発・供給していた「MARTEL WATCH CO.(マーテル時計会社)」が製造したもので、同様のクロノグラフ・ムーブメントは、機構は一緒でサイズだけ変えたものを数種類製造し、1934~1971年まで長期間に渡り製造・販売されたのだという。それと同時にユニバーサルでも共通するムーブメントのCal.番号で使っていたようだ。

搭載ムーブメントはゼニスの「Cal.136」。直径は13リーニュ(約30mm)、石数は表記がないが、おそらく17石。ユニバーサルにおける「Cal.281」と基本は同じものだということだ。高品位なクロノグラフに必須といわれるコラムホイールを装備し、バネ類も板を曲げたものではなく、削り出した板バネを用いるなど、小型ながらしっかりした作りだ

この期間、マーテルとユニバーサル、ゼニスの3社によりムーブメントの改良と開発が進められたが、1950年代の終りから60年ごろにマーテルはゼニスに買収され、その開発と製造のノウハウと生産設備はすべてゼニスの手中に収められたという。

その結果、1969年に誕生したのが自動巻きクロノグラフの名機として知られるゼニスの「エル・プリメロ」。そうか、つまり私が1994年にラ・ショー・ド・フォンで購入した「Cal.136」搭載の小型クロノグラフは「エル・プリメロ」のご先祖であり、そこは「エル・プリメロ」の源流となる高品位クロノグラフの技術的ノウハウが詰め込まれているのだ。そう考えると一層、感慨深いものがある。

ところで、その後、探していたオメガのヴィンテージ・クロノグラフは見つかったのかといえば、答はノー。1930~40年代に作られたオメガの古典的クロノグラフは僕の手元にやってくることはなく、代わりに1960年代初頭の「スピードマスター」や1970年ごろの「スピードマスター マーク III」とか近代的なモデルばかり集まってしまった。なので、これらのオメガについては、また違う機会に紹介させていただこうと思っている。

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名畑政治

名畑政治

1959年、東京生まれ。'80年代半ばからフリーライターとして活動を開始。'90年代に入り、時計、カメラ、ファッションなどのジャンルで男性誌等で取材・執筆。'94年から毎年、スイス時計フェア取材を継続。現在は時計専門ウェブマガジン『Gressive』編集長を務めている。

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