【オーナーインタビュー】 この時計とは“出合い”。いわゆるロレックスっぽさが、まったくないんです

2024.06.10

文=土田貴史

鈴木 敦さん(40歳)。世界に注目される上海のバー「Speak Low」ヘッドバーテンダー時に、CHIVAS Masters世界チャンピオンに輝く。2020年に自身初のプロデュースとなるバー「The Bellwood」をオープンさせた

時計好きに「あなたの時計、見せてください」という企画。今回、時計を見せてもらったのは、鈴木 敦(あつし)さん。東京、そして上海に人気のバーを複数持つTHE SG GROUPのマネージャーを経て、2018年にBellwood Experiment Inc.を設立し、東京・渋谷ににあるバー「The Bellwood」を運営する業界人だ。もともと古いものに興味があった鈴木さんは今年、2本のヴィンテージウオッチのオーナーになった。

SNSの情報を頼りに、ファイアーキッズ中野ブロードウェイ店へ

「最初からヴィンテージウオッチに興味があったんです。ただ仕事柄、常に水を使う職業なので、腕にまつわるものって普段から身につけないんですけれども」

そう話すのは、鈴木 敦(あつし)さん。今年、40歳の誕生日を機に、自分自身に記念のプレゼントを贈ろうと思い立ち、SNSで調べていくうちにファイアーキッズに行き着いたそうだ。

「僕の周りの知り合いとかも、ファイアーキッズのインスタをフォローしていたのを見て、早速、中野ブロードウェイのお店に行きました」

鈴木さんのバー「The Bellwood」は、大正時代の特殊喫茶がコンセプト。古き良き時代の設えは、まるで空間ごとタイムスリップしたかのような錯覚を覚える。そこには時代を経ても色褪せない、芯の通ったデザインの心地良さが展開されていた。そんな鈴木さんだからこそ、時計を購入しようとしても現行品ではなく、ヴィンテージに惹かれたのだろう。

鈴木さんは、店頭でロレックス「オイスター」に目が止まる。それはまさしく“出合い”だった。ひと目見て「うん、これだ」と思ったそうだ。

「じつはカルティエの『タンク』が目当てで、店を訪れたんです。少なくともロレックスじゃないなと思ってました(笑)。僕は大きな時計よりも、小振りなものの方がいいし、周りでロレックスを着けている人が多いから、やっぱり他人と違うものがいいとも考えていた。ところが、このモデルはめちゃくちゃカッコいい! いわゆるスポーツモデルのようなロレックスっぽさが、まったくないんです」

手巻きのムーブメントも、鈴木さんにとっては好都合だった。

「リュウズを回したいじゃないですか。そのほうが、愛着が湧きます。朝起きて、身につける前に、一回、時計と会話する感じで、じゃあ今日もやっていこうみたいな」

ロレックス『オイスター・プレシジョン』(右)。COSCを通さず、自社基準で精度を保証したモデル。小径サイズも、鈴木さんのお気に入りのポイント。左はカルティエ 『タンク マスト』。マストシリーズはカルティエの入門モデルであり、その装飾がないシンプルなデザインが、かえって潔さを演出する

職人だからこそ感じるものがある

このモデルは1945年頃に製造されたロレックス「オイスター プレシジョン」。ロレックスがCOSCを通さず、自社基準で精度を担保したモデルである。“Precision”(精度)と銘打たれているのはそのためだ。

「それもいい。公式機関でお墨付きをもらうのではなく、自分たちで基準を設けて、自信を持って世の中に提示する。僕自身も職人ですから、胸にグッとくるものがありました」

現行品に比べて、だいぶ小振りだが、それも鈴木さんの雰囲気にあっている。時計が悪目立ちせず、袖元が品良く見えるのだ。ひと頃のデカ厚流行りも今ではすっかり陰を潜め、現行品も小型化が進んでいる。

「なんか昔の正装している人って、写真で見ると腕時計はやっぱり小振りで。そういうサラッと着けこなす感じがいいですね。時計に“着けられている”のではなく、時計を“着けている”感じが、僕のなかでは理想だった」

というわけで、鈴木さんのお気に入りとなったロレックスだが、すぐに2本目のカルティエ「タンク」を購入することに……。その経緯はこうだ。購入してすぐに、ロレックスがあいにくの機械不良で、止まってしまう。すぐさま店に持ち込むと、2カ月程度の修理メンテナンスが確定。せっかく時計を身につける習慣が付き始めたこともあり、「急に寂しくなるな」と、鈴木さん。そんなタイミングで、ちょうどまだオンラインにも掲出していない、入荷したての「マストタンク」と出合ってしまったそうだ。

「即決でしたね。もともと欲しいと思っていたものでしたし、ロレックスがシルバー色に対して、タンクはイエローゴールド色。シーンによって使い分けられて、どちらもすごく気に入っています」

鈴木さんは、この2本のワードローブを保有していることに大きな優越感を感じている。数十年前の機械を、サラッと腕に着けていることが、最高に気分を盛り上げてくれるそうだ。

「The Bellwood」は2024年6月20日で5年目に突入。西洋から伝わってきた文化が日本様式に溶け込み、大正時代のカフェ、特殊喫茶と呼ばれる和洋折衷スタイルが生まれた当時の雰囲気を表現している

「カクテル文化も、1800年代後半に日本に紹介され、その後、脈々と続いています。そういうカルチャーを、バーテンダーとして大切にしながら、次の世代に繋いでいく仕事をしていきたいんです」

そう語る鈴木さんの日常を、これからはこの2本の腕時計が支えていく。丁寧な日常を紡いでいく鈴木さんの暮らしぶりが、目に浮かぶようである。

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