カルティエのヴィンテージウォッチは普遍的な時計美を凝縮している

2024.01.20
Written by 長谷川剛

文=長谷川剛

時計好きに「あなたの時計、見せてください」と依頼するこの企画。今回は業務がひとつの切っ掛けとなり、機械式時計の深い魅力に取り憑かれたある編集者のストーリー。所有する時計は多岐に渡り、それゆえ常時貸金庫にて、コレクションを保管しているというマニアが登場。なかでも特に愛着を寄せる、4本のカルティエに絞ってお話をうかがった。

時計の記事も手がける

後藤洋平さんは大手新聞社で編集委員を務める人物。ファッションをはじめ数々の部門を担当するなかで、あるとき時計の記事も手掛けることとなる。その業務の一環として訪れたバーゼル・ワールドなどの時計展示会を経験し、メカニカルウォッチの奥深い世界に魅了されたのだと振り返る。

「学生時代から男の持つべきアイテムとして、時計がアイコンであることは承知していました。社会人となり最初に支給されたボーナスでは、ロレックスを入手し長くそれを愛用していました。しかしそういった“男の定番”とはまた違う、さらにマニアックな世界があることを、時計担当の記者となり知ることとなったのです」

それまで給料の多くをファッションに注ぎ込んできた後藤さん。しかしそれ以来、衣服代を切り詰めつつ時計を求めるようになったと語る。とりわけ別格であるのがカルティエのヴィンテージだ。

「とは言え、自分は普通のサラリーマン。ですから買えるものは一般的なものばかり。ファッションの場合はその時々のトレンドや気分に従って楽しむことが多いもの。しかし本格時計は、長い時間を掛けて完成した蓄積の重みがあり、衣服とはまた違う普遍的な美を感じます。特にカルティエは、そのエッセンスを凝縮させた逸品が揃うブランド。時計専門ではなくジュエラーならではの、研ぎ澄まされたデザイン性もポイントだと思います」

ドレッシーな角形時計の代表格

最初に手に入れたのはタンク ルイ カルティエ。カルティエのタンクと言えば、ドレッシーな角形時計の代表格として知られる世界の名品だ。とりわけカルティエ家三代目であるルイ・カルティエ自らが愛用したモデルが、このタンク ルイ カルティエ。後藤さんはロンドンのディーラーを介して入手した。

「こちらは私の生まれ年である1976年製のモデルです。とにかく当時はタンクがほしかった。買いやすいマストなどのモデルもありますが、自分の周囲にいた先達に意見を仰ぐと“金無垢がイイ”、“パリダイヤルにすべき”などの様々な提案があり、探しに探してロンドンで手に入れました。いわゆるショップでの購入ではなかったので、保証書等は揃っているものの少し心配がありました。ですので帰国して友人である江口さん(江口時計店店主)にチェックしていただき、“大丈夫だよ”と言われて安心しました(笑)」

次に手に入れることとなったカルティエは、金無垢のゴンドーロ。1970年代にリリースされたルイ・カルティエ コレクションのなかでも、比較的レアとされる自動巻きモデルだ。国内のとあるアンティークショップで手に入れたと言う。

「先に購入したタンク ルイ カルティエにより、カルティエ熱が本格的に高まってしまい、条件の良い個体を見つけたら、できるだけ買うようにしています(笑)。ゴンドーロは丸みを帯びたクッション風のデザインで、ノーブルな雰囲気が魅力。非常にエレガントですが、自動巻きのためケースバックがポコッと張り出ており、そういったディテールもお気に入り。カルティエのベルトサイズは奇数が多く、このモデルは15ミリ幅。当時のDバックルは腕回りの調整が利かないところも特徴のひとつです。自分はキュリオスキュリオ(東京・南青山)にて、サイズを合わせて作ってもらっています」

メンズウォッチの元祖モデル

玄人好みと言える後藤さんのカルティエコレクション。なかでも奮発して手に入れたのが、サントス デュモンのエクストラフラットだ。カルティエのサントスは言わずもがな、メンズウォッチの元祖モデルと言われる傑作である。ビス留めのベゼルがエレガンスの中にも力強さを感じさせるデザイン。こちらも、いわゆるパリダイヤル。

「このサントス デュモンは1980年代製。エクストラフラットと呼ばれる非常に薄仕立てであるのがポイントです。当然のことながら内蔵のムーブメントも薄型であり、パテックやブランパン等にも採用されたフレデリック・ピゲのcal.21が入っています。ケースはポリッシュを若干経ているものの、ダイヤルは当時の美しさをしっかりキープ。自分が好む服装全般にマッチする一本です」

最後に紹介するカルティエは、後藤さんご自身が着けるものではないというワケありの一本。1912年にデザインされ、後にベニュワールと名付けられたモデルだ。無垢ゴールドやプラチナケースのみで作られる、ワンランク上のレディスウォッチである。

「ベニュワールはフランス語でバスタブを意味するネーミング。その名のとおり、西洋のお風呂のごとき優雅なオーバル形が個性的です。僕は2019年にタンク ルイ カルティエを手に入れて以来、カルティエ・フリークまっしぐら。ですからパートナーにもカルティエを着けて欲しいと考えています。そういうことから、この特別な一本を選びだしました。1970年代製の機械式モデルです」

渾身のコレクションは誰が見ても羨むほどの充実ぶりだ。しかし後藤さんのカルティエ熱は、まだまだ冷めやらぬ様子。虎視眈々と次なる獲物を狙っていると言うのである。

「カルティエの時計は、研ぎ澄まされていながら普遍的な美しさを備えているところが大きな魅力。まだまだ欲しいモデルがあり、日中はもちろんのこと、ベッドに入ってからもスマフォを片手に探しています(笑)。今、一番欲しいのはタンク ノルマル。1917年にデザインされた、いわゆる“初代タンク”です。これに関しては現行モデルも気になっています。ブレスレットモデルなら夏でも使えますからね。とは言え、さすがにお財布が追いつかない!(苦笑)」

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長谷川剛

長谷川剛

1969年東京都生まれ。エムパイヤスネークビルディングに所属し、『asAyan』の編集に携わる。その後(有)イーターに移籍し『asAyan』『メンズクラブ』などを編集。98年からフリー。『ホットドッグプレス』『ポパイ』等の制作に関わる。2001年トランスワールドジャパンに所属し雑誌『HYBRID』『Warp』の編集に携わる。02年フリーとなり、メンズのファッション記事、カタログ製作を中心とする編集ライターとして活動。04年、エディトリアルチーム「04(zeroyon)」を結成。19年、クリエイターオフィス「テーブルロック」に移籍。アパレル関係に加え時計方面の制作も本格化。

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